• N
  • TCg^c
  • vCoV[|V[
  • [
-CONCEPT- OLD記事

 

前衛の道

 

連載第21回

 

 

狂人の絵

 

 カラリスト、山下清がよく日本のゴッホと呼ばれ、デパートの展示場を飾るが、清の  「花火」 や 「向日葵」 の絵は、緻密さではゴッホと似ているが、ゴッホは絵具が十分なかったので自然絵が小さくなったのである。


 山下清がゴッホとちがって彼なりにひとりの常識人としての枠を守っていることがわっかたのは、ぼくと一度テレビドラマに出演した時のことであった。  ドラマの中でこの二人は、ある家庭のお客になり、二人で絵を描くことになった。  

 清がガラスに小さな 「花火」の絵をきれいに仕上げたときぼくは海水パンツ一つになって、 えい、 やあ、と床にひろげた大カンヴァスに体ごと絵をぶっつけたアクションペインティングを披露した。  

 それを見た清は興奮して叫んだ。


「これは狂人の絵だ!」

 

 

 

 

 

 

 

ACTION 問答

 

Q: まず学生時代のことからうかがいましょう

 月謝未納だったりで終了という形で学校を出たのですが、僕は卒業制作に抽象画を出したらだめだというので撤回されてしまった。
 年に三回位コンクールがあって、それに通過すればよかったのですね。 それで僕なんか間際になってパッパッと描いて出しました。 四年生の時に 「アルシミスト (錬金術師) というグループを死んだ 黒木不具人、いまはブラジルにいる オハラヒサオ というモダンアートの石彫を出していた男などと作りました。 大森画廊やトキワ画廊 (今の中央画廊)でグループ展をしました。 その年でしょう、タピエが今井俊満を連れてきたのは・・・・・。

 

 



Q: そのタピエ、マチウの来日を彼らはどう受け取ったわけですか?

      アンフォルメルというものを・・・・

 僕はまず白木屋のショーウインドウでのマチウのアクション・ペインティングを見て完全に参ったな。
というのはあれを見た時、マチウはすごく現代人だと思った。 描くことをジャーナリストやなんかに余儀なくされるんですね。 人間は人に見られると緊張するでしょう。 アクション・ペインティングがあれだけジャーナリスティックにアピールしたということが大変なことだ。 マチウはやせていて見る
からにひ弱なんです。 まわりに黒山の観衆はいるし、絵はバカデッカイし皆驚いたわけでしょう。

 それで僕ならもっとタフに、もっとオーバーな演技で飛び上がったり動き回れる。 それにマチウはスピードが遅い。
 どうせ精根こめてやるなら彼が三十分でやることを、こっちは三秒位でダーと一気にやれる。
というところにアクション・ペインティングの可能性があると思ったので僕はやる気になったのです。
だから僕は彼らの絵がどうのこうのじゃあないんですね。

 

 



 


Q: アンフォルメの上陸以後日本の美術界はどう変わって来ていますか?

 そういう転機で何でも進んでいくのですよ。 アンフォルメルの後はネオ・ダダイズムというふうに。

 アンフォルメルやっている時だって、次は何だ、次は何だって皆騒ぐでしょう。 騒いだのは僕たちだけかも知れないでけど・・・・・。 でも向こうからもやって来るしね。 ジャンク・アートの後は、ポップ・アートが来るし、僕は次は何だと言う見方をしてますね。 ポップの後は何かというと、ポップはニューヨークの生んだものだし、彼らはアメリカが作ったものでしょう。 そうするといよいよ今度は、日本いわゆるワビ・サビとか桂離宮とか法隆寺じゃなく、今日の東京が生んだものが出てくるのじゃないですか。



Q: 「僕らは画家だから」といったけれど、画家であることの条件をどこに置いているのか。
   つまり画家でなくとも構わない、という考えはないのですか?

 それは駄目なんだな。 僕らは最低限度画家であると言うことなんだな。 僕らネオ・ダダイストが芸術家であるという看板をはずしたら何でもなくなってしまうのだな。 そこらの乞食と同じになっちゃう。



 


Q: そこで君らの前の世代に対する批判とか影響とかは?


 僕らは観念的なんでそういうことを頭からます否定するんです。 アンパンといえば岡本太郎氏をまず目の仇にする。
 良いにきまってますよ、僕ら彼のいうことで育ったのですからね。 僕らがちゃんと目的を持っていて、そのために絵を道具に使うのです。 だから人が丸い絵を描けば、こちらは四角な絵を描くという具合にね・・・・・。
 そういう意味でもアンフォルメルで次にジャンクだったのも、なるべくきたないものを、ということだったのです。
 既成作家が手で把めない汚れたもの、ということは、把めば手が汚れるわけで、僕らは汚れても構わないという肉体的な相違というか、環境の相違、そんなものを武器にして、絵具がないのだからさ、やるわけですよ。 

 

 ゴッホやピカソ好きです。


 サム・フランシスやマチウ最高よ! 

 

 けれど具体的に自分の仕事だとか立場だとかを決める場合、わざと否定しないと成り立たない。


 

「前衛の道」トップに戻る



Copyright (C) 1999-2010 New-York-Art.com All rights reserved.