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-CONCEPT- OLD記事

   【KOシーン】                                  【3対1】

1965年個展 「ハリボテ・ボクシング」展


    新しいファイトに燃える


 新しいファイトがもり上がった。  二月の 「ボクシング」展の後、四月には、既成品――たとえばポリバケツ、バスケットシューズ、ウィンドウの食料品見本、おもちゃのピストル、金魚、ヘルメットなど――をオブジェ化した。 題して 「篠原有司男、初夏を歌う」。

 

 五月、新宿椿近代画廊で五十人のメンバーからなる 「ビッグ・ファイト」展、半透明のハリボテ人形の体内に螢光燈を入れた大作 「トワイライトタイム (たそがれ時) 」。


 七月、内科画廊でブラックライトの清水晃と小島信明、ぼくの三人展、題して 「メリーさん」。
 清水晃といえば一九六三年  「色盲検査表」 でシェル美術賞の一等を獲得。 彼のタブローはそれだけしか知らない。 以後は、日用品に塗りたくった螢光塗料が室内の明りを消すと、ブラックライトにより、極彩色の別世界を誕生させる奇妙な作品。  そしてポストを制作。  これはまちにある郵便局のと同じものを材木と石膏で作り、赤く塗り、ごていねいに集配の時間表までつけてある。 「ビッグ・ファイト」展の会場入口近くにあったこのポストを見かけ、毎日十数人の善良な市民がラヴレターその他を入れてしまい、そのたびに清水は外の本物のポストまで入れなおしに行っていた。 いま検察庁に起訴されて問題になっている赤瀬川原平の模型千円札と同様、このポストも模造芸術のひとつであり、現実世界の虚構を、にせのハリボテ作品で対照的にあばこうというハプニング的意図なのか。


 ともあれ、七月、内科画廊 「メリーさん」 の会場いっぱいに出来上がった清水の制作した電車は、本物と同じサイズの椅子、吊り皮、天井、ポスター、網棚が設置されて、入場者はすぐさま電車のお客と化して椅子にすわらせられるという寸法だ。
 そして、この電車はまたオープニングの会場としても絶好。 泥酔した満員のお客が夜中の十二時過ぎまで騒ぐため、画廊のビルの管理人からお目玉頂戴ということになった。

 

 

「メリーさん」 1965年 内科画廊


 ニューヨーク画壇の オプ・アート全盛が伝えられ、桑山タダスキー大成功の話がもたらされた。  二百点あまりストックしてあった作品がぜんぶ売切れ、いつ絵をやめても大丈夫との話。  世界の先端を行く徹底したニューヨークのコマーシャリズムについて行けない感じだ。  何回個展をやっても一点も売れない日本の現実、しかもニューヨークの流行からつねに半歩の遅れをとり、この差をぜったいにつめられない、マラソン競争のような画壇。  リーバーマンの選んだ巡回展にしてもそうだ。  二年も各地を回り、ニューヨークに着いた頃にはまったく時代遅れで古くさくなり、目もあてられないのではないか。  現実はオプ・アート、シェイプド・キャンバス、プライマリー・ストラクチュアまできてしまっている。  この矛盾、追うものの強みなどといってはいられない。  ニューヨークだけの流行といってしまえばそれまでだが、それならば日本が世界に誇れる現代芸術の運動がひとつでもあるだろうか。   ビートルズ、モッズルック、膝上十センチを生んだロンドンが現在の流行の先端であることは事実だし、ニューヨークが飽和状態になれば次はロンドンが中心だろう。  東京が現代アートの先端を創造するまでにはまだ四、五年以上あるかもしれない。  その間の猶予期間をどう過ごせばよいのだろうか。
 ぼくが花魁シリーズを偶然のきっかけで始めたのはこんな状況の頃だ。

 

「初夏を歌う」 1965年個展


    後光の消えたアメリカ美術          


 痛快だ、ほとんどぼくの知っている顔ばかりではないか。現代アメリカ絵画展オープニングは、京橋の国立近代美術館側が日本の若手先鋭作家に招待状を送る送らないで多少のトラブルはあったとしても、やはり街の個展オープニングとは違い盛大だ。  各国大使連のご出席とあってはしょうがねえ。  ダークスーツの上下に新品の靴ですましくさって出掛けたが、一歩中に入ると、来日中のニューヨーク画壇のトップスターたちの握手ぜめだ。  ジャスパー・ジョーンズをはじめ、ジム(ローゼンクイスト)、ノーマン・ブルーム、ポロックの最初の発見者である批評家グリーンバーグ。  すでに飲み友達のニューヨークの近代美術館館員で、この展覧会のために来日したジョージ・モンゴメリー。  さすがにぼくも顔が広くなったものだ。見方を変えれば、アメリカ美術が日本のそれに近づいてきた証拠だ。

  アメリカ現代美術――この生々しい怪物は二、三年前までは雑誌その他でわれわれの目の前に現われた。  光輝く草原のかなたの未来のニジとオアシスを指し示しながら、世界現代絵画の期待を一身に集め進撃しているかに見えた。  が、ここに並べられた二十年間のダイジェストを見たかぎりでは、なんと色あせた老醜をさらけ出していることだろう。  ポップ、オップ、ハードエッジ、シェイプド・カンバス、プライマリー・ストラクチュアと矢つぎばやにニュースタイルを発表し、なかでもポップ・アートこそは、現代芸術のルネサンスとして、伝統の重圧にあえぐ、日本、フランス、イギリスからみれば宇宙的現代生活の中から生まれた、まさに革命といえるニュー・アートであったはずだ。  しかしやはり、ポロック以後は、ヨーロッパ同様、抽象表現主義から逃れる一手段にすぎない。  美術史の縦糸から一歩もはみ出していないではないか。

  ジャスパー・ジョーンズのターゲット(標的)、星条旗なども輝く救世主ではなかった。  来日した彼ら (ジャスパー、ジム、ジョージ) と毎晩のように飲み歩いているうちにぐんぐん親しくなったが、彼らの後光はぐんぐん遠のくばかりだった。
 よし、意外に早く日本が世界の美術の中心になるぞ。  あと二年間のうちだ。 抽象だ、具象だ、前衛だ、後衛だではない。  なんでもいいんだ。  派手に大きく大量に (または少数精鋭で)アートをものにしろ。

 

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