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-CONCEPT- OLD記事

針生一郎氏に答える-篠原有司男

① あなたの中には、さまざまの欲望、さまざまの可能性が渦巻いていると思われる。

  あなたが表現の手段として絵画を選んだ動機は何か?

 

① 思春期に自分の一生の仕事をえらぶのが不可能だったからです。

  ぼくの前にはヴァイキング料理のことごとくさまざまの職業が一列横隊に並んでいた。

  ボクサー、ロックシンガー、アクション俳優、推理小説家、僧侶、弁護士、

  そして目かくしでつかんだのが画家であった。

ラウシェンバーグ、質問に答えず

 東野芳明氏の右手が二度上がった。 よし出番だ! ぼくと小島は舞台の上にかけ上がり、かねてそでにかくしてあったデュシャンの像を、小島は例の旗かぶりの人形に 「QUESTION」  と大書した札をぶら下げて、中央に引っぱり出した。
 

 質問1=拡大されたマリリン・モンロ-の顔は、ひげをつけられたモナリザ同様、一九一六年以来のダダイズム精神の流れを汲むものである。  造形芸術におけるこのダダイズムの方法論は、いまや認められ価値を持ち、権威的資格を持ち、それはレジオンドヌール勲章と口ひげのごとく古く過去のものだ。  ネオ・ダダイスト、ラウシェンバーグ氏よ、いかに。


 質問2=もし貴殿の作品の隣に、まったく同じで、しかも十倍から五十倍に拡大され、強い効果を持つそれのイミテーション・アートが出現したとすれば、いかに。

 質問3=貴殿の作品は、非常に感覚的な効果、すなわちピカソのタブローのごとく、作者の天分である腕と筆先による魅力にひきつけられる。  しかし秀れた感覚が秀れた思想を現わすとはかぎらない。 むしろ重要な思想を表現する場合、先天的異常感覚や病的資質はじゃまになるのではないか。  廃物(交通標識、剥製の鳥、椅子、ベッド)に原色をドリッピングした貴殿のタブローに、ピカソ的な感覚にたよりすぎる画面の処理方法を感じてしまうが、いかに。


 高階氏に訳してもらったぼくの質問を英語と日本語で読み上げる。 ガソリンスタンド・マンのユニフォームを着たボブは黙々と制作するだけで、何と言われても絶対に答えない。 ぼくの質問状を足もとにおいたら、その紙片まで屏風に貼りつけてしまった。
 よし、では次だ。 

「思考するマルセル・デュシャン」にスイッチを入れる。  ぎっこぎっこ始動し、スピードが増すにつれ、頭部だけまっ白に高速度回転する。  すごい。  聴衆の視線がいっせいにそれに集中する。  ブラシを片手のボブが横目でこれをにらむ。
 だがこれまで――。  デュシャンの首がふっ飛びそうなのでスイッチを切る。  何も起らない。  ボブは制作をつづける。  えんえん四時間半。  幕だ。  ついにべろべろになったボブはぼくを見て唐手の型で倒そうとする。  そして最後までぼくのコカコーラ・プランを  「マイ・サン」  とかかえて離さなかった。

 

篠原有司男 コカコーラ・プラン ラウシェンバーグ コカコーラ・プラン

 

 


②あなたは1957年以来、いつも日本美術の若い世代の象徴的存在でありスキャンダルの中心でも合った。

この十年間をふりかえって、あなた自身はどう考えるか。

例えば、あなたのなかで、ダダとアクションの時代は、おわりをつげたのか

 

②僕が絵画を制作する時は、つねに観念的である。

故に、意思的である。  目的のために手段に芸術を用いているのだから、達成に向かいあらゆる卑劣なことも辞さない。  だから達成の暁には勝利の美酒が待っているはずだ。  日本画壇は育ちざかりだ。  同時代的芸術の勝利のひとつひとつつかんできた僕の前に次々と新しい敵-絵画形成-があらわれる。


    日本人ではなく東京人だ


 「何んてえ名前にするよ!」
 「あまりこらなくて、おとなしい方がいいんじゃあないの。」
 「芸術とは無関係の名前にしろよ。」
 「ファイティング原田とカシアス・クレイのボカボカなぐり合いてえのはどうだい。」
 「いいじゃあない。」
 「まじめに行こうぜ。」
 グループ展の名前を考えるのは、実に楽しい一瞬だ。  全員集合し、案内状のデザインを考え、コピーを練りに練る。  この名前が美術史に残るのだ。  「ゴジラの糞」 でも悪い事はない。  皆んなボクシングの大ファンなので、ボクシング用語で行くことにした。 ″クリンチ″ ″KOシーン″ ″キタネエファイト″ ″十五ラウンド″ など百出したが ″レフト・フック″ に落ち着き、綴りを字引で探した。


 “Left Hook”

一体ぼくらの作ったグループ名は、どのくらいあったろう。  ちょっと思い出しただけでも、芸大時代の、アルシミスト (練金術師) から ネオダダ、スイート (Sweet)Ⅰ、Ⅱ、オフ・ミウジアム (Off Museum)、 レフト・フック、 ビッグ・ファイト・・・・・
 これに、ぼく自身の個展の ″キャッチフレーズ″例えば ″日本衛生草紙″ ″篠原有司男、初夏を歌う″。  さかのぼって、 ″ロカビリー画家″ など、またカタログのマニフェストと、コピーは全部ぼくの文である。
 ぼくらのグループ展は常にその時その時の最尖鋭的な芸術運動であったので、マニフェストも
はげしい。



 

③あなたが国芳、国貞などの幕末浮世絵をモチーフとしてとりあげる理由はなにか

 それはあなたのイミテーション・アートの理論の延長とみていいのだろうか。

 

③イミテーション・アートとはひとつの哲学である。たとえばコカコーラ・プランの青写真に青色の輝きやカットされたレンダリングのスマートさを感じ取ってはならない。

 本を読むとき、活字の並び方に文句をつけたり、美的構成を要求したりする読者はいないだろう。

 僕のわずか5点の作品-思考するマルセル・デュシャン、イミテーション・ボックス、コカコーラ・プラン、青写真、これらは芸術市場約束された席をもっているのであって僕個人の絵画の変遷とは何の関係も無い。

 

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