• N
  • TCg^c
  • vCoV[|V[
  • [
-CONCEPT- OLD記事

 

 

 

 

優雅な環境とぼく

 

 双葉山、羽黒山、男女川、前田山が、ぞろぞろぼくの家の前を通って、前の近藤利兵薇(蜂ブドー酒社長)の大邸宅によく遊びに来ていた。 現在のNTV・日本テレビ、あと、その後が声学家、原信子邸、ブラジル公使館、イギリス大使館と続く。


 近藤邸の手前は、長唄の杵屋栄三、吉村伊十郎宅で、九官鳥と三味線の音が昼間から聞えて来る。

琴の米川親敏、文子宅、隣がベルギー大使館、黒々とした大木の森が続いている。 わが番町小学校は歩いて五分。 途中に、すばらしい大銀杏がある。 文豪、泉鏡花の家だ。 前に佐藤春夫、裏が有島生馬、その横の黒塀に続いてと書いているときりがない。 ことほど左様に、ぼくの生まれた麹町とは東京第一の高級文化住宅地だったのだが、かんじんのぼくの家は、その真中にある一握りの長屋の中でも特にきたねえのが、生家であった。 

 

″鬼婆″ と呼ぶ駄菓子屋に集まったぼくらは、お風呂屋の竹ちゃんの喰うトコロテンを見つめていた。 

鬼婆の 鬼爺のようなおやじがきたねえ手で、水なべからトコロテンを一本つかみ出し、木製の水銃砲のようなものの中に落し、後から棒で押し出すと、アルミの薄ぎたない皿に、白たきのようにのる。 それにミツをかけ、色のはげだ黄色のハシでずるずる喰うのだが、ぼくらは家できびしく外食を禁じられているので、麦焦がしをストローで吸いながら、いつも年上の竹ちゃんの、うまそうに喰うのを眺めているだけだった。


 その時は、鬼婆に、釣道具を買いに来たのだが、まさか、麹町のような屋敷町の中で、鯛や、はぜが釣れるわけがない。 ぼくらの釣場は、紀尾井町の清水谷公園 (大久保刺通の記念公園) の外濠の、弁慶橋のたもと、または市ヶ谷の濠で、お巡りの目をかすめながら、小エビやフナを釣るのだが、その時は何を思ったか、イカリ針と称する、鯛でも釣れそうな巨大なやつを、しかも三つ、イカリ形に束ねてあるごついやつで、それと凧糸を二メートルほど買ったのだった。

 お濠には向かわなかった。 凧糸の端についたイカリ針を、手もちぶさたに、板塀にひっかけたり、女の子のスカートを釣り上げたりしていたぼくらは、ミミズの代りにパンをつけ、近藤邸のイヌを釣ることに衆議一決。 用水桶のかげにかくれ、一人が残ったパンを持って、犬をつり出しに向かった。 近藤邸には庭番の爺さんの大切にしている忠犬ハチ公にそっくりの真白な秋田犬ムロと、その子供のヒステリックで、ぼくらに全然なつかないハナがいた。 狙いはハナの方だ。  子供といってもすでに成犬で、相手にとって不足はなかった。 パンにつられてやって来た犬は、たちまち恐ろしいイカリ針を内蔵したパンに飛びつくと、悲鳴をあげながらあばれ出した。凧糸の端をはなすまいと、必死にしがみつくぼくたち。針は、ようしゃなく、犬の口の中のあちこちに、例えば舌などにくい込んで行った。



 

前衛運動のはしり


 ぼくらは、遊び場には、絶対事かかなかった。といっても長屋に、芝の生えそろった、ゴルフの出来るような、現代風の、かっこいい庭があるはずがない。 猫のひたいほどの土地もない。  玄関から覗けば、便所、台所まで見通しだ。 その台所が、また道路に面している。 だから、ぼくらが空地でほじくり出した一尺大のミミズを、ばらばらと投げ込まれ、腰を抜かすおばあちゃんたちも出るというものだ。


 大使館、公使館の密集する東京・麹町には、また十数年も手つかずの、野生の草花の密生する空地が案外点在していた。  これらを探検する事が、ぼくらの喜びの一つだった。  雨で、さびついた錠前を、簡単に打ち破り、棒切れや果物ナイフを手に手に、しのび込む。  ガリバーやロビンソン・クルーソー、宝島などで洗脳されているぼくらの小さな頭脳が、身のたけ以上に伸びきった雑草にむかって、めちゃくちゃに木刀をふり廻すと、草は生暖かいいやな臭いを発して倒れる。   幼稚園では教わらないへンな昆虫のグロテスクな交尾。  思わず踏みつぶす。  ぶっ切れたキラキラするとかげのしっぽや、新品同様の、捨てられた、ステンドグラスのはまったランプなどで、エキゾチックなイメージを触発され、冒険心がむしょうにかきたてられるのだった。


 また、ほこりっぽい ″黄バス通り″から、塀を乗り越えてしのび込んだぼくらの限前に、庭番にはき清められた大庭園が開け、目を奪われる事も、しばしばだった。
 動物たちが、一日ぼくらの遊び相手を務めさせられ、最後に、なぶり殺しの日に会う事もある。  自動事のタイヤで一晩中のされ、翌朝、せんべいのようになった大ガマがあったり、取り過ぎて、虫取り寵に入りきらなくなった蝉を、道に散らし、もち竿で、たたきつぶしているのを年ぱいの婦人に、七年間の幼虫期間を過ごし、陽の目を見て一週問もたたない蝉の命を 説教され、鼻でせせら笑った事もあった。 首つりにされた仔猫が、家のゴミ箱の中にはうり込まれていたと、真青になったおかみさんが大騒ぎしていた。


 中でも犬退治はぼくらを一番ハッスルさせた。  追いつめられ、めちゃくちゃになぐられた犬が逃げ込んだ所が、外人の家だった。  しばらくして、


 「目ダマ、トレマシタ。」


 と血だらけの洗面器から、犬の目だまを取り出し、ぼくらにさし出した外人も、軍国主義、外人排斥の日本では、彼らはそれ以上、鼻ったらしの、いたずら小僧たちを怒れなかったのだろう。

犬はその後、イレ目をして、遊びに来ていた。

 

 

 

 

アンデスの山々に囲まれた野原でメイティング(交尾)するドラゴンフライ(とんぼ)

2003年

200cm×220cm

ガッシュ・アクリル・カラーテープ・金箔

 

「前衛の道」トップに戻る



Copyright (C) 1999-2010 New-York-Art.com All rights reserved.