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-CONCEPT- OLD記事

篠原有司男年譜 1965‐1971

1965年 昭和40年33歳

2月 個展「ハリボテ・ボクシング」展(内科画廊/2114

[版画]〈ピストル・オン・エアメール〉(1964)〈ドリンク・モア〉

   [彫刻]〈KOシーン〉〈31〉〈犬〉〈流血の惨〉

  「石膏と金網て出来た等身大のボクサーがフック、ストレート、アッパー、ダウンなどの  ポーズて画廊中央のリングなどに散らばっている。」

3月 「ビッグ・ファイト」展(椿近代画廊/32025)出品

[彫刻]〈Twilight Time[トワイライト・タイム]〉

「半透明のハリボテ人形の体内に蛍光燈を入れた大作」(『前衛の道』)

[出品者]赤瀬川原平、石崎浩一郎、森口陽、岡部道男、坪内一忠、多田啓介、刀硯康尚、吉野辰海、田名網敬一、中島寿男、小林政嗣、大西清自、幸美奈子、武田倫明、森内敬子、滝口修造、谷川晃-、三木富雄、高松次郎、まついもお、清水晃、森永純、稲浜美材、藤井健男、佐野正義、小杉武久、田辺三太郎、大野博、岸本清子、和泉達、斉藤司郎、布施明伸夫、小島信明、田村敦、林三従、中西夏之、田中信太郎、数又紘-、山口勝弘

5月 個展「初夏に歌う」(内科画廊/53165

「既成品-たとえばポリバケツ、バスケットシューズ、ウインドウの食料品見本、

 おもちやのピストル、金魚、ヘルメットなとーをオブジェ化した。」(『前衛の道』)

6月 「現代美術の動向」展(国立近代美術舘京都分舘/618725)出品

[絵画]〈エアメール〉(1964

[彫刻]〈イミテーション・ボックス〉(1964

6月 「メリーさん、メリーさん」展(内科画廊/628710)出品/

    清水晃が電車、篠原が乗客、小島信明が天井から吊り下げる手や旗を制作

6月 個展(椿近代画廊/949

   6

「幕末版画、とくに芳年作『英名二十八撰』の残酷画にヒントを得、作品を発表。」

9月 「次元65」展(京都市立美術館/91117)出品

[絵画]〈英名二十八撰〉(1965

9月 第9回シェル美術賞展(いとう画廊/92025)出品  _

[絵画]〈思考するマルセル・デュシヤン〉(1965)くコカコーラ・プラン〉(1965)(三等賞)

10月 個展(内科画廊/1049

    幕末版画シリーズ

12月 第2回長岡現代美術館賞展(長岡現代美術館/12127)招待出品

[絵画]〈花魁殺し〉(1965)等3

12月 27日、ウイリアム・アンド・ノーマ・コープレー財団より賞金2000ドルを受ける

1966年 昭和41年 34

1月 「現代美術の新世代」展(国立近代美術館/121227)出品

[絵画]〈凧〉(1966)〈替〉(1966)〈鏡〉(1966

 225講座「作家の発言」に出席

2月個展「女の祭」(東京画廊/228319

[絵画]〈女の祭〉〈かんざし〉〈てかがみ〉く顔の皮をはぐ〉はごいた等9

[彫刻]内裏雛

「花魁がテーマとはいえ、使用きれている部分はカンザシ、目鼻のないのっペらばうの頭部くらいて、それらがラッカーテープ使用で直線的にフォルムを作り、螢光塗料で極彩色に色分けされる。正面のヒナ段に並ぶ内裏ビナの頭はモーターで廻転。土台ごとがたがた揺れ、首が千切れてふっ飛ぶ恐怖を見る人に与える。吹きつけられた補色が起すハレイションで、一作をじっと観賞しようなどというなまやさしさはみじんもない。巨大な一物、男女の同衾、いやがうえにも神経をかり立てるシーンぱかりだ。」(『前衛の道』)

 

4月 「美術の中の四つの『観光』展」(ギャラリー西武/41527)出品

[絵画]〈朝需〉

[出品者]中村宏、立石紘-、横尾忠則

5月 第7回現代日本美術展(東京都美術館/51030)出品

[絵画]〈バット・マンA

6月 個展(椿近代画廊/62328

   花魁シリーズ

7月 千円札裁判支援「現代美術小品即売展」(椿近代画廊/71222)出品

8月 「戦争展」(日本画廊/8827)出品

8月 第10回シェル美術尊属(白木屋画廊/82631)出品

   格子による作品(佳作賞)

9月 28日、千円札裁判第4回企判の証人となる

1967年 昭和42年 35

5月 第9回日本国際美術展(東京都美術館/51030)出品

[絵画]〈銀座にベトコンか出た!〉

個展(村松画廊/73084

    花魁小品展

「5me Biennale de Paris[第5回パリ青年ピェンナーレ]」展(Musee d`Art

  Moderne de la Ville de Paris[パリ市立近代美術館]928123)出品

    女の祭シリーズ3

   この年、田園調布の画廊で【ロボット展】開催

1968年 昭和43年 36

4月 「サイケデリック・イラスト」展(みゆさ画廊/41520)出品

玉伊志帆と

4月 20日、シンポジウム「EXPOSE1968・なにかいってくれ・いま・さがす」(革月会館)に参加「舞台でハシゴに乗り、男根に花火をくくり付け、点火」

5月 第8回現代日本美術展(東京都美術館/51030)出品

[絵画]〈女殺油地獄〉〈無用の介〉

6月 「現代の空間’68光と環境」展(神戸そごう/6712)出品

「モーター、蛍光灯を使用した、サイケデリックな彫刻」

6月 『前衛の道』出版

7月 26日、集会「芸術から遠く離れて」(厚生年金会館ホール)に参加

   〈豚の惑星一超触覚体験〉

「鉄棒を組立て、人間を固定し、横からバーベキューよろしくハンドルをぐるぐる廻す」

8月 「Nipponかまいたち」展(横浜市民ギャラリー)出品

11月 「今日の作家68年展」(横浜市民ギャラリー/11111)出品

1969年 昭和44年 37

5月 『空間の論理』(共著)出版

5月 第9回現代日本美術展(東京都美術館/51030)出品

   〈バラカン・バラカン・バラカン〉

ロックフェラー三世奨学金により渡米

「ロックフェラー三世奨学金を受桝年間のアメリカ留学のためニューヨークに渡る。23丁目のチェルシー・ホテルの玄関にやたらと下手糞な絵がかけてある。中に一点ポップアートの重鎮ラリー・リヴアースのがあった。彼はここに長期滞在らしい。117ドルて、lまくに高過ぎるとばかり数日て引越し、最後にダウンタウンのキヤナル大通りに面したAIO氏のロフトを借りた。大商店術通り、キャナル・ストリートは、アートの素材にことかかない。昨日道に落ちてた物が、今日店頭に並ぶ程てジャンク的品物ばかり。チャイナタウンとリトル・イタリーに隣接したこの地区で20年間これから制作三昧の生活に入る。」

  この年、パフォーマンス「肉体の飛沫」(京都ピカデリー劇場屋上)「スペース・ハンティング」(TBSスタジオ)を行う

  1970年 昭和45年 38

3月 「ヒューマン・ドキュメンツ’70」第2回展(東京画廊/32344)出品

   〈作品[背中のイチョウが泣いている]〉(1970

   この年、グリーンカード(永住権)を獲得

1971年 昭和46年 39

12月 マイアミ・キーウエストに続行

   この年の夏、映画「シノハラ:ラスト・オプ・アーティスト(ロッド・マッコール監督、遠藤正撮影)に出演

 

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