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-CONCEPT- OLD記事

モーターサイクル・ママA

Motorcycle Mama A

1973

158×235×128cm

カートボード・アクリル・ポリエステル樹脂

栃木県立美術館

 

OCN NEWS 〔ニューヨーク情報誌) 1987年新春号掲載

ソーホー脱出記

画家 篠原有司男

 引越しの日は雨だった。 思えば十七年間、よくぞ、住み、飲み、喰い.、あばれ、制作し、開いたパーティーも何百回になっただろうか。 その間、この三階までの階段を馳け昇った人々、ポロビルながら、雨もりもものともせず、耐え抜いたものだ。 しかし、去年は虎年、はなから荒模様だったが、何か起こるぞのいやな予感が七月一日に的中してしまった。
 「大変よ!」。 

 制作途中の絵具を持ったまま、ワイフが、屋上で彫刻をいじっているぼくに、息せき切っての御注進とは。 今から大家、ランドロードが親子でやってくるとの電話。 

 (ランドロードのジョー氏はマフィアの親分。ギュウチャンとは男気が通じ合い、家賃はある時払いの催促なしであった。通常NYでは、1ヶ月遅れただけで叩き出される。- 編集部)

そう言えば八百ドルの家賃を一月から一度も払ってなかったっけ。 いよいよ来るものが来たか。
 破れソファーにどっかり坐った金髪のジョーはすでに一杯気嫌。 頬がピンクの上着とマッチして美しい。 
 「どうだい絵描きさん、息子はサマーキャンプだろう、あれは高いからな、千ドル、二千ドルだ、ワイフも元気そうでなによりだ」 と言うと、ぐるっと首を廻し、この仕切りのない広大なロフトスタジオを見渡した。 一分のすきなく壁を埋めつくしている前衛芸術と称する原色極彩色のわけのわからない大作絵画、プラス立体お化け、オートバイをカードボード(ダンボール)を使って巨大に作り上げた彫刻たち、ゴミだらけの表の通りとうらはらに、ソーホーは、一歩建物に踏み込むと、目もくらむはなやかな世界がそこに展開されている。 螢光塗料でぬりたくられた、ディスコのトイレの様なものまである。 熱帯の水族館に来たようだ。
 ロフト見学と称する、何千人もの観光客を迎えた、ソーホーの名所、我が由緒あるシノハラ家、立ち寄った有名人になると、勝新、ロッキーをはじめ、拳闘、唐手のチャンピオンから、赤塚不二夫、極最近だけでも石原慎太郎、司馬遼太郎さんまで、 古寺でなくても拝観料をいただきたくなる。


 ランドロードのジョーは、ビジネスを継ぐはずの大学出たての息子をうながした。
  「へえ、実は親父がこのどビルを売っちまったんで、 なんせシティーが、あそこ直せここ直せ、さもないと没収だと脅かしやがり、税金は上り、ビルの前の路までコンクリートを打てだのと責め立て、このボロビル直すにゃ二、三十万ドルじゃあきかねえんだ。 そこヘチャイニーズのミリオネアーが売れ売れのしつっこさ、渡りに舟ともう決めちまったんだよ。 すまねえ」
 生つぱをごくっと飲み込むとぼくは、 「いつかはそうなると思ってたよ、心の準備は出来ている。 しかし、見ての通りのこの大荷物、三ケ月時間をくれよ」
 「無論だ。しかしあんた日本に帰れば、大した有名絵描きだというじやあねえか」
 「俺の故郷はニューヨークだと決めている、アメリカが好きなんだ。もっとでけえロフトを探すよ、心配いらねえ」
 「そうかい、安心した。 落着いたら連絡してくれ、又あんたの作品展見たいからな」

 

 

ブルックリンの古倉庫(ロフト)街


 ワイフが最初に、 「ここに絶対決めませうよ」 と叫んだ時、赤い喫水線を見せて、船が横切った。 古ビルの聞から見えるイーストリバー、マンハッタンに向い黒黒と伸びたブルックリンブリッジが、キラキラ輝くウォールストリート付近の一群の巨大なビル群に突きささる光景は、ぽくらを捕えた。 ニ年前からここに仕事所を持つ案内役のF君は、今やアーティスト注目の新天地、こここそ、一番ナウく、ソーホー、イーストビレッジはイモらしい。

 

シノハラ・ロフト 入口


 それにしても、さっきから小一時間、一人の通行人にも会ってない。 しかもこの陽のあたる坂道道路に、鉄道線路が敷いてある。 昔の車両工場から電車を船積みにするためらしい。  F君の紹介で、運よく見つけたロフトは、大工がまだ天井を張っている最中だった。 しかし凄い、以前の二倍はある。 日あたりだって最高。 河が近いと冬は暖かいんだって。
 「このロフトのあるジェイ通りがこの辺じゃあ、一番賑やかなんですよ」。 地下鉄 Fラインを渡って一つ目、ヨーク駅を出るとジェイ通りは河に向って下り坂で、ウォーター・フロント、ブリムス、ジョンの各通りが交差するバラックピルの間はペンペン草だらけの駐車場。 ここには、観光客はおろか、全くの無人地帯、地元工場、オフィスの人も外出は昼めし時だけ、四時半以後は、ゴーッとマンハッタン、ブルックリン両橋を通過する車両の轟音があたりを制し、ペイントエ場のイヤな臭いが風向きでバーッと吹きまくるだけ。
 よし決めた。 いちから出直しだ。 家賃は千三百五十ドルだ。 高えけどしかたがねえや。 今度の大家には、前みたいに、待ってくださいはきかないぞ。

 

ロフト内・作品は【アリゾナの岡本太郎】


 作品はアクリル絵具だから雨ぐらい平ちゃらよ、どんどん運び出してくれ。 総勢二十人のボランティア 助っ人が、手あたり次第にかつぎ出した作品で一杯になってしまった道を、これはめずらしい野外展なりと、御近所がわいわい騒ぎ立て、ぴっくりしている中を、大型トラックが、冷蔵庫やボイラーと一緒にかたっぱしからつめ込み運び去る。 河向うのジェイ通りの新品ロフトを、おかげで、またまた原色極彩色の粗大ゴミが埋めつくしてしまったではないか。
 「しかしついてるねえ、先生は。 今度もこんな広いベランダ屋上使えるんじゃあ。 日光浴にバーベキュー、何でも来いだ」

 

ロフトベランダ屋上にて


 「あ、いけねえ、ペットたちを忘れてきたんじゃあねえのか」

五才のダックスフンドをはじめ、シャム猫の寅さん、蛇に五十匹の金魚、アフリカ水蛙が人気の消えた暗いビルにとじ込められていた。 全員救出と思ったのに、描の寅だけはどうしても天井にかくれてつかまらない。 仕方なく、エサと水を大量に残し、又、二・三日して来ることにしよう。
 あばよ思い出のマンハッタンさん、ロフトのスペアキーを勢いよく、橋から河に投げ込んだ。

 

 

さらばマンハッタン、河にキーを投げ捨てる。

 


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