• N
  • TCg^c
  • vCoV[|V[
  • [
-CONCEPT- OLD記事

兔と蛙の乗ったケンタウルス彫刻

鉄 6.6×3.7×6.7m 26トン

活性化協議会のどよめき

 九月初めの台風とともに北九州に着いた有司男は、井上木型製作所で中秋の名月を見上げた。 ちょうど、二十三枚のマットレス大の発泡スチロールを使い、片目の飛び出たケンタウロスが出来上がったときであった。  薄暗い電球の下で、発泡スチロールのケンタウロスは白い大理石のごとく、美しく怪しく輝いた。  ミケランジェロも羨んだに違いない。  固い大理石と違って、有司男がマジック・マーカーで描いたドローイングの線に合わせて、女房と母里君が端と端を持った電気の流れるちゃちなニクロム線を動かすだけで発泡スチロールは、ケーキよりも、豆腐よりも簡単に切れた。  失敗したらもう一枚、鼻が欠けたらもう一枚、継ぎ足せばよいのである。
 この鉄鋼シンポジウムを母里君とともに最初に仕掛けた小嶋氏と、山九の小田理事、そしてこの鉄鋼シンポジウムのために連日奔走している協議会の野田さんが状況調査に下曾根までやって来た。  小嶋氏は笑いながら、手のひらをおでこに当て、頭を抱えた。
 有司男が、 「ええ-と、このくらいかな……」 と呟きながら箒の柄を振り回して描いた線を基本にしてできたモーター・サイクルは、活性化協議会の予定していたサイズをどんどん越え、その上に乗っかるケンタウロスも、有司男が チェーン・ソウ を振り回して造った結果、お化けのように大きく……。
 予定の大きさも、重さも、そして予算も、すべて何倍にも超過した。  そしてその形たるや、目が異常に飛び出し、眼玉がもう一度飛び出している。  腕はとんでもない方向に持ち上がり、その安定の悪いことといったら……。
 小田理事の目も驚きで飛び出し、ケンタウロスと同じように頭が悲しげに垂れた。  もっとも小田理事は紅顔の美青年であったころ、本当のちょんまげを結った役者であったというから、ハムレットのように悩んだか、ハムレットを演じたのかは定かではない。  役者がなぜ鉄の工場の理事になったのかも定かではない。
 活性化協議会がどよめき始めた。  野田さんの連日の奔走に加速度が増した。  段ボールのモーターサイクルの場合、安定が悪ければ突っ支い棒の一本か二本も当てればよい。  山九の工場で出来上がりつつあるモーターサイクルの上に、このケンタウロスを乗せると、長さ六・六㍍、幅三・七㍍、高さ六・七㍍。  ちょっとしたビルディング並みである。  それがすべて鉄となるのだ。  その重いこと、できた際には二十六トンになるだろうという数字がはじきだされた。
 構造問題、耐震性、などという、算数には特に弱い有司男にはさっぱり分からない言葉をロにしながら、山九の長田技師が計算を始め、途中で、「これはどうにもなりませんさかい……」となげうって逃げようとするのを、小田理事が無理やり引き摺り戻してきたりもした。
 特に活性化協議会が困ったことは、 

 「こんなでかいもん、おまけに目が飛び出して顔じゅうしわだらけ、いったいどこで鋳物にするんや」
 溶けた鉄を流し込むときに燃えてしまう発泡スチロール、失敗は許されない。
あっちこっちでお断わりを受けたケンタウロス、ようやく八幡ハイキャストなる会社が引き受けた。
 周りの苦労にはさほど頓着せずに、有司男は井上木型で兎と蛙の制作を続けて汗を流した。  毎晩、仕事が終わるたびに女房と母里君を相手に焼酎で気炎を上げ、焼き鳥や豚足、しそで巻いてから皮で巻いた餃子の鉄板焼き ( 「大葉巻き」 という名で、泊まっていたホテルの斜め向かい側の 「田代」 という店の創作である) で栄養をつけた。  焼酎は本場の九州・大分の麦焼酎、熊本の米焼酎、宮崎のそば焼酎、鹿児島の芋焼酎といろいろ飲んでみても、三百種以上の銘柄は全部飲めない。  「神の河」 やアルコール度四〇㌫の 「百年の恋」 を飲むうちに六〇㌫にも手を出した。  オリジナル・ブレンド焼酎を出すもつ焼き屋はパリの小汚ないカフェを彷彿させる。  ある焼き鳥屋では 「煮つめ、煮つめ」 と騒ぐので味噌汁が煮つまったのかと思ったらこれも焼酎のブランドであった。  北九州の焼き鳥屋では 「しゃっくり」 と頼めば横隔膜、寿司屋じゃないのに誰かが「がり」 と頼めば牛の軟骨が出てくる。  ちなみに北九州のあちこちで名刺を貰えば 「祝(ほおり)」 に 「釈河野(しゃかの)」 に 「我那覇(がなは)」 に 「後小路(うしろしょうじ)」。  どれもカナが振ってある。
 焼酎を飲み食事をしたあと、有司男はずっと滞在している小嶋艮のホテルに帰って熟睡するが、母里君は必ず豚骨ラーメンを食べに行く。  食後のコーヒーの代わりらしい。  ラーメン屋がどこも閉まった場合は、家に帰ってインスタント・ラーメンを食べる。  ラーメンの好きな九州人のなかでもラーメン好きのかがみであり、その肉体は有司男が井上木型で発泡スチロールを糊付けする際、重石(おもし)代わりにたいへん重宝した。





Copyright (C) 1999-2010 New-York-Art.com All rights reserved.