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-CONCEPT- OLD記事

兔と蛙の乗ったケンタウルス彫刻 

鉄 6.6×3.7×6.7m 26トン

 

 段ボール製の型紙


 メカトロ・センターの大壁に立てかけた、縦四・五㍍、横六㍍のベニヤ板に張られた大キャンバス。 有司男は粗悪なるペンキ用大ブラシを針金で先に結わえ付けたほうきの柄を持って、その前に立った。
 有司男も山九のヘルメット、作業着、安全靴姿である。 ポリバケツになみなみと入ったアクリル絵の具の黒を、ブラシにどっぷりと含ませ、 「このくらいかなあ」と呟きながら、有司男は思いっきり円を描いた。 モーターサイクルの前輪だ。 そしてもう一つ円、後輪の出来上がり。 気分は 「ゲルニカ」 を描くピカソ並みであったに違いない。
 その円に合わせて鉄鋼所の職人さんたちが長く太い鉄の丸棒で輪を造る。 これがモーターサイクルのタイヤの芯となるのだ。 たかがタイヤの中の芯と言っても日ごろ有司男が小品の段ボール・モーターサイクルのために使うようなアルミニウムの針金とは違う。  相手は鉄だ。  大の男たちが、五人がかりで道具と機械と時間をかけて造った。  一㍉どころか半㍉の違いも許されない厳しさを日ごろ競っている職人さんたちは、有司男が 「これくらいかなあ」 と呟きながら、ほうきの柄を振り回して描いた円に合わせて鉄を曲げたのだ。 彼らの表情からは鉄の男の厳しさが消え、目には不安と笑いが漂い始めた。 彼らが、
 「わしらあ、いったい何をしとるんですかねえ」
 と呟いているうちはまだよかった。 そのうちに、鉄しか触ったことのないのが誇りの職人さんたちは、有司男の段ボールを運んだり、鋏でちょきちょき切り抜きまで手伝ったり。  彼らにとっては恥ずかしいなんていうものではない。
 これは有司男の究極の手であった。 なにしろ鉄鋼所でお芸術を造ろうというのだから難しい。  常識では正確な設計図、そして完成模型なるものがある。 だが、有司男の場合、設計図は存在しない。  本人にも、完成まではいったい何ができるか分かっていない。  ミリを、センチを、メートルを指示してほしいと頼む職人さんたちに、イメージを与えることしかできない。  だが、段ボールならばお手のもの。  有司男が段ボールで原寸見本を造る。  洋裁でいうと型紙。職人さんたちは有司男の造った型紙を真似て、エンジン・カバーもオイル・タンクも、鉄を切り抜いたり、叩いたり、溶接をしたりと工夫を凝らし、原寸と一㍉も違わぬものを硬く重い鉄で造った。
 最初のうちは何をしてるのかさっぱりわけの分からなかった職人さんたちも、直径三・七㍍のタイヤの形ができ、天井に付いているクレーンがグワァーと金切り声を上げてタイヤを起こしたときから、彼らのしていることが現実の形となって見えてきた。  一個一個が炬燵くらいはありそうなタイヤのボチボチを、これまたクレーンでグワァーと持ち上げて、宙吊りにしてタイヤにくっつけ、青い火花を飛ばす溶接でバチッバチッと接着を始めるころには、全員、眼が生き生き、芸術的輝きすらも帯びてきた。  なかでも際立って芸術的才能を発揮した職人さんは、有司男がフリーハンドで切った段ボールの線と同じ線を、これもフリーハンドで厚い鉄板に再現した。  シンポジウムの間、終始一貫して有司男の制作に付き合った、蘇生さんという職人は表情まで芸術家風になってきた。  山九の小田理事がシンポジウムの最初から心配していた状況に少しずつ近づいていったのだ。  つまり、真っ当な人生に戻れなくなるのでは、という……。
 もう一人心配なのがいた。  このシンポジウムを最初から記録していたフォトグラファーの四宮佑次君である。  焼き鳥屋の焼酎で酔っ払った有司男が、  「この微妙、絶妙が撮れるか!」
 と言って空中に持ち上げた足の裏に感激して以来、カラー・フィルムをすべて冷蔵摩の奥深く仕舞い込み、白黒フィルムだけを使い続けていた。 そのとき有司男は、小倉近辺に何軒もある 「無法松」 という作業着屋で求めた五本指のソックスを履き、夏でも治らないあかぎれの間に詰まった埃と足の汚れで、白い純絹ソックスは、鼠色という美しい白黒トーンを醸しだしていたのだ。  佑次君は写真以外に書もよくするので、有司男のソックスの裏に浮き出た微妙なる色合いのなかに、墨の色に通じるものを見たのかもしれない。  ちなみに有司男は作業着屋で売っている中国製の五本指純綿ソックス五足で千円がたいへん気に入った。  ニューヨークにたくさん買って帰り、アメリカ人の友人たちにプレゼント。  日、中、米のそれなりの親善となった。
 佑次君が白黒フィルムだけに絞っているうちはまだよかった。  そのうちに大事なカメラをお弟子さんに持たせ、彫刻の上に登って有司男の手伝いまで始めた。
 「よか、よか」

では済まない。 小田理事の心配は増えるばかりであった。

 


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