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-CONCEPT- OLD記事

兔と蛙の乗ったケンタウルス彫刻 

鉄 6.6×3.7×6.7m 26トン

 

廃鉄の平原


 再び式場。安全祈願の式の司会も務める、ヘルメットを被った小嶋氏の式順を読み上げる声に合わせて、手を二回バンパン打って、頭を二回下げる、二拍二例。 

 四月に下見に来て、九月からの制作を約束してニューヨークに帰った有司男には、いったい何を、どうやって造ればよいのか、さっぱり分からなかった。  頭には何も浮かばなかった。  長く暑い夏の間じゅう、昼間はかんかん照りの屋上で最近流行の皮膚ガンの恐れを気にする暇もなく、日焼け止めクリームを塗ることも煩わしく、制作を続けながら、来たる九月からの北九州での鉄鋼シンポジウムを思いはかった。

  夕日が沈み始めるのを待っていたかのごとくピナコラーダを作り、暗くなるにしたがいパイナップル・ジュースとココナッツ・クリームの混ぜ具合を減らし、月が中空に上がるころにはラム・オン・ザ・ロックスにレモンを垂らしただけの本格的なダイキリに切り換え、九月からの制作を憂い続けた。  ときには晩ご飯を食べるのまでも忘れて、月の動きを眺め続けた。
 そして遂に九月となり、北九州に再び来てしまった。有司男の到着とともに台風まで九州地方に釆てしまった。
 台風騒ぎでどこも店を閉めてしまったのをいいことに、鉄筋コンクリートのホテルの中で熟睡した有司男は、翌日、北九州を逸れた台風一過後の晴れた空の下で、五カ月ぶりに廃鉄の平原に出かけた。材料集めの開始だ。
 見漬すかぎり鉄の山、山、山。鉄の丸棒、鉄の風呂桶、ぐにょぐにょの鉄の塊り、平たい鉄板……etc。三十五年前に荻窪の屑屋から、壊れた電球やブリキの欠片を買うのがやっとであったネオ・ダダ(当時、世間を騒がせた前衛芸術家集団。 むろん、有司男はその主要構成員であった)
時代とはなんという違いであろうか。
「この鉄が俺の彫刻になるんだ!」
 有司男の胸は熱く燃え、頭の中は台風のあとのように晴れ渡った。  そして鉄の溶接の火花のように、ピリリ、ドリリ、バチッ、バチッと、鉄鋼モーターサイクルのイメージが湧き出てきた。  それまでは柔らかい段ボールや木の欠片を集めて造るのが、有司男のモーターサイクルであったが。
 翌日から、山九という英語のような名前の鉄の工場通いが始まった。 この会社の人たちの名刺には、 「サンキュー・アンド・オーケー」  と印刷してある。
 朝の八時半までに工場に到着しなくてはいけないのに、女房が朝シャンをするため、有司男は毎朝工場に遅刻した。
 「あんたらはえらいのんびりしとるけど鉄の男たちは朝七時半に工場に来とるんから」
 と言って、山九株式会社の理事・小田はるお氏は顔をしかめた。 小田理事は四月の下見のときは部長だったのに、いつのまにか理事になっていた。  名刺屋さんがさぞかし喜んだことだろう。  喜ばせついでに、小田理事は有司男にも名刺を作ってくれた。  おかげで有司男は六十二歳にして生まれて初めて自分の名刺を持った。  毒毒しいオレンジ色の名刺には、名前の上に日本語とフランス語で 「前衝画家」 と印刷してあった。  小田理事は名刺屋を喜ばすのが実に好きらしく、有司男の女房の分まで作ってくれた。  これは真っ黄色で、日本語と英語で 「画家&作家」 と印刷してあるが、誰もがその名刺を見て首を傾げた。
 山九の工場の中でも 「メカトロ・センター」 という、ガンダムのような名称の付いた工場の一隅が、有司男のために用意された。 国立競技場並みに高い天井を見上げ、広い広いといわれるニューヨークのロフトの三十倍はありそうな工場に有司男は呆気にとられた。
 猫の尻尾や女房の履き散らかした靴にけつまづきながら、小汚ないロフトの中や外で、なんとか手前の彫刻や絵のスペースを確保すべく戦っているニューヨーク生活が、急に遥かなる遠い世界に思えてきた。
 ヘルメットに作業着、安全靴 (これは靴の中に鉄が入っていて、ニトンの重さまでなら、足の上に落ちても平気らしい。 もっとも北九州滞在中にそれを試す機会はなかった) 、完璧に装備した男たちがずらりと、有司男の助手となって働くべく待っていた。  全員プロ中のプロの鉄の職人。 有司男の日ごろの制作では、手伝いは女房、子供が頼りの、しがない家内工業だというのに。
 呆然とする有司男の耳に、
 キーン、キーン、
 ギヤーン、ギヤーン、
 密林の中で叫ぶ鳥の声。
「篠原さあ-ん、 電話ですよお-」
 携帯電話機を持った人が駆けて来た。
密林の鳥は電話であった。  あまりに広い工場では、電話の青も野性的に放し飼いが適っているらしい。



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