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-CONCEPT- OLD記事

 

スーパースターのレッドグルームス氏は自分の作品郡を 「田舎のお袋が作ったアップルパイの味だ」と説明する。その上お土産屋の雑多な騒ぎも一緒だ! 店先に並んだ荒削りな熊の彫刻の様な彼の作品。 彼は知識教養ウイットに富んだセンスの持ち主。 その上持って生まれたデッサン力の裏付けが大勢のアシスタントの助けでダウンタウン・ニューヨーク・シーンでもこの人種のルツボを生き生きした作品群に仕立て我々を楽しませてくれる。

2004年6月  ウシオ

 

 

レッド・グルームズ・息子アレックスと。

ソーホー シノハラロフトで

 

ニューヨークは今日も大変だ 2

ご近所付き合い

 作品の素材を拾いに朝っぱらから街をうろついていると、向こうから、やはり下向きにキョロキョロした男とすれちがう。ピーンときた。いわゆる「おぬし出来るッ」である。リトル・イタリアとチャイナ・タウンの混じり合うゴミの多い地区は、オポテ、黒人、ジューイッシュ、チャイニーズなど移民でいっぱいで、男はこの辺には珍しい純粋金髪アメリカ人である。顔にはやさしさと気品がある。彼こそテネシー州ナッシュビル生まれのアーティスト、東京は西武美術館にもお目見えしたレッド・グルームズだった。

 シカゴ・シティー、ニューヨーク・ウォール街付近、宇宙飛行士月上陸など、バカでかいスケールの立体作品を矢継ぎ早に発表し続けている彼の作品はまた、細部を見れば見るほど、ニューヨークの下町の住人のセンスが生き生きと息づいている。ぼくの住んでいる付近のレストラン、地下鉄入口、住人、通行人たちが、すばらしくユーモラスなセンスで、大量に作品にブチ込まれ、トラックやタクシーの運ちゃんの表情までひとつひとつきまっているのにはびっくりさせられる。

 同じく下町(東京)生まれの散歩好きのぼくが、ひしひしと同感してしまう点ばかり。作品発表のチャンスが十年たっても零のぼくは、作りたまった大量の絵画や彫刻を、捨てる前に彼にだけは見せたいし―――。通り二本向こうに住んでいる大家、いわばご近所付き合いではないか。駄菓子が大好物と聞き、チョコレート・フォンデュを用意し、六時からのわれわれの家庭ディナーに呼んできた。作品を見るなる「俺たちはよう!」という言葉で話し出し、「同じ仲間なんだから楽しくいこうぜ」ときた。絵描き同士の対抗意識や先輩面したしゃべり方など微塵もない。これは、ぼくがアメリカに来てからの驚きの一つだ。大家になればなるほど、相手がどんなに無名、貧乏であろうと、対等のアーティストとしてじっくり作品を観賞する。むろん、アラ探しやお説教臭い言葉はない。そのかわり、友人を選ぶのに厳しく、ディナーに招かれたら、断りなく自分の知り合いなどを気安く連れて行くとひじょうに警戒されるし、また日本式に電話も入れずにドッと押しかけて飲みまくるなど、絶対禁物。主人が始まりのカクテルを作り、注ぎ、別室のテーブルに案内、自らの手で皿を配り、料理の由来の説明からデザートの解説、その後のコニャックや葉巻に至るまで、その間を少しでも楽しくしようと涙くましいい努力をしている。当の主人が最初から飲み過ぎ、できあがってしまい、テーブルに跳び上がって裸踊りなどしたら狂人あつかい必死の今日のニューヨーク。

 レッドと親友の女流日本人画家クニエ、それにわれわれ一家と計五人で囲んだテーブルも、やっとデザート・タイム。アメリカでは、デザートのない食事などまるでクリープのきれたコーヒーみたいなもの。ランチでも、ブルーベリー・アップル・パイの大片を皆でパクつくのがあたりまえで、いわんや、客人を呼んでのディナーにどんなデザートが付くかは、楽しみの一つ。

 今晩のわが家は、女房と考えに考えたあげく、甘党の彼のため、チョコレート・フォンデュを用意した。要するにチーズ・フォンデュのチーズの代わりと二合分ぐらいのチョコレートならば、甘味も適当でけっこうなデザートになる。つね日頃酒飲みを自称しているわれらが、こんな甘いものにうつつを抜かすなんて!これも大家レッド・グルームズにお付き合いしてのこと。

 アメリカに上陸してみて、ぼくが、これは一生かかってもついていけねえなあ!一人は風景画家エドワード・ホッパー。日曜画家顔負けの下手糞さを一生抱え、アメリカ最大の画家としてホイットニー美術館で回顧展をしたばかり。もう一人がわがレッドである。グッゲンハイム美術館に出品した大作「アメリカ宇宙飛行士月上陸バンザイ」のバカでかいこと。見れば見るほど、「これ、綿キャンヴァスを何百メートル使った縫いぐるみ人形なんだろう?」。高さも七メートル以上、とことんやつける物量。いわゆる「仕上げをきれいに」とか、「質の高いお作品をお作りになって」などと作家に注文をつける二流画商の寝言や批判の限界をはるかに超え、「キタナイ」とか「なってない」とか、遂には「これ芸術じゃない」なんて自問していても馬鹿馬鹿しくなり、最後には心が大波にサーッと洗われてしまう。アートは四千年前のアルタミラ洞窟壁画以来なにも変わっちゃいませんよ、が正解になってしまう。

 その彼が持参した、マールボロー画廊での個展のカタログに、「わが一家三人がイエロー・タクシーに追っかけられ逃げるシーン」を、ペンですばやく描き添えてくれた。うまい!彼はまた最高のデシナトゥール(素描家)である。ピカソ、レンブラントの大ファンであるレッドは、自分の娘に、レンブラントの妻の名「サスキア」をつけている。ただのダダッ子にあらず。真のアートを観賞する魂の持ち主なのだ。

 新しさは旧いものの中にある。

(しのはらうしお・美術家)

 

 

 

 

 

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