• N
  • TCg^c
  • vCoV[|V[
  • [
-CONCEPT- OLD記事

てかがみ

Hand Mirror

1966

225×181cm

蛍光塗料・ラッカー・プラスティック板・キャンバス

長岡現代美術館

 

 

 

講談 ニューヨークの次郎長・外伝6

 

前衛餓鬼

 

 ブゥーンとやぶ蚊の羽音が近づいて来ると、パンパンパン、それに向け花火音が頼りなく答えた。 やがてドスンドスンと地響と共にバラバラ何やら降って来る。  子供心にも何やら大変なことが起こりつつあることぐらい分かる。  がそれ以上にこの庭に造った真暗なほら穴に隠れ、声を忍ばせ、手さぐりでかじるカンパン (マージャンのパイの大きさの、固めたメリケン粉を塩気だけで焼きあげた非常食) やいり豆を一家団らんでむさぼり食う楽しみは、何ものにも替えがたい。

 ”は-い夕食はレストランに行きますよ” 

と今日なら呼ぶのだろうが、非常事態のこの御時世、羽音の元凶はアメチャン製の B-17だ B-29だで、毎夜東京上空にやって来ては爆弾をばら撒き、下界では生きるか死ぬかの境目だというのに、餓鬼共は食い気だけとは情ない。  しかし生きのいい若者は敵地で本場もんの殺し合いをやっているからには、内地に残った年寄り子供衆だって大ハッスル。  祖先伝来の美しい庭園だろうが、大切な青桐、柿の木は片っ端から切り倒し、おじいちゃんの大事な燈ろうはバラバラ、有無をいわせず、シャベルとツルハシでほじくった大穴を戸板でおおい土砂をかけた、世にいう防空ごう、昼夜を問わず敵機来襲のサイレンと同時に、それっと跳び込んでいたのだ。
 東京は山の手生まれの清水の次郎長 幼名牛太郎は麹町 番町小学校に御入学したまではよかったが、担任の先生は兵隊の位で伍長どの、長身、色浅黒く、生徒のささいな落ち度にいちゃもんを付け、グローブ大の平手横びんたが男女を問わず襲い、机もろとも張り倒してしまうスパルタ教帥。  だがこれが図画工作には目がなく、特に念入りに牛太郎を構うから、何が何でもレオナルド・ダ・ビンチ級の大芸術家にならなければ殺されても不思議ではない状態。  それにわをかけ牛太郎の両親が後押し、絵を描け絵を描けと画用紙にクレヨンを押しつけ、どっちを向いてもアートばかりの恵まれた環境だった。
 ”先生!。”

牛太郎はズボンのすそを押えながら近づいた。  六時間目は図画の授業。
 これがすめば家に帰れると大きな花びんの写生に皆必死。
 仕上げると先生に見せ、OKの許可で解放され家路。  だが牛は特に出来の悪い五、六人と最後まで残され、その上糞まで詰まり、冷や汗まみれ。  ええいこの辺でいいやと絵を持って近づき、ひょっと花びんを見ると、ど近眼の牛には猿と鹿だとばかり思って措いていた花びんの模様が唐草ではないか。  牛太郎の絵を見て怒髪天をついた鬼伍長、いきなりほっぺたをしゃにむにつねり押し倒しにかかった。
 「先生うんこ出ちゃったんです!」
 驚いた目付きで牛太郎を眺めていたが、

「よし、帰れ。」


 「御飯ですよ!」

長屋のミッちゃんが路地に敷いたゴザの上にオモナャの食器を並べて座り、近所の悪餓鬼を招待してパーティーを開いていた。
 「わあ-おいしそう」、 「いただきま-す」、 「さあどうぞ遠慮なく食べてね。  今日はミミズの細切れに、ミミズの御飯、ミミズの味噌漬けよ。」
 とにかく遊ぼうにも道具が何んにもないから、大自然から調達。  蛙、野良犬、野良描、セミ、トンボたちが主な犠牲者。  アメチャンの空襲が激しくなると午太郎一家も長野県南軽井沢に疎開したが、ここも食糧難。  銀シャリは到著した晩だけ。  あとは野草に豆の朝昼晩。  ここで田植え
の仕方から雑草の刈り方まで覚え、牛太郎は糞の有難さまで教わった。
 隣からバースデープレゼントにもらった 三タルの 肥え溜を前にこの農家の主人は、何をお返しに贈ろうかとハムレットよろしく悩み抜いていた。
 東京の中学にもイモの農園があり、ボスはギュウ太郎を前に、畠を愛する者はこのくらい出来なけれは駈目だとばかり、肥え溜に灰を人れ腕を突っ込んでかき混せ、指を口にペロリと味見までして、皆を震え上がらせた。


 上野池の端七軒町のボロ屋の格子戸はがたぴしで開かず、やむなく雨戸を外して入ると、吉良の宇吉は陰気な顔をし長い脚を抱え部屋のすみにしゃがんでいた。  その二ケ月程前には、競争率何十倍かの難関入学試験を見事突破、晴れて上野芸術大学油絵科新入生として、歓迎会の席に茶わん酒を前に、うぶな同級生たちとかしこまって上品に飲んでいるところに、わめきながら入って来た先輩二人。  これぞ美校伝来の校歌校舞なりとテーブルによじ登り、ズホン下着を脱ぎ、男根にハンカチを結んで踊り出したので、あきれて女生徒は全員帰ってしまい、座はまっちらけ。  なぜかこの二人、小原庄助と深酒春夫に見込まれてしまった牛太郎は、その豪快奔放さ、時、場所を選ばずいきなり踊り出すよかちんの天才、美校日本画科の先輩に合わせてやると、ここ七軒町に連れて来られたのだ。  手土産の焼酎一升ビンが汚れた茶ぶ台に置かれると、すぐさま飲み出した。  部屋には絵らしいものはおろか畳さえ売り払ってないので皆土足。  カビくさいフトンが見え、時々セキが聞こえる屋根裏を見上げると、破れ小窓から月がのぞいている。
 焼酎がまわり出すと、宇吉は殺気立って来る。

 「早くよかちんを始めろ、馬鹿野郎。」
 全裸にされた牛太郎は、空いた一升ビンを股にはさみ込み、一から十までの数え歌で手ほどき。下手だと殴られ、酒が切れたと酒屋に走らされ、金がなくなったら盗んで来いと脅かされ、翌朝、でこばこの頭をなでながら牛太郎は、今まで読書と制作だけに没頭して来たのに、建設的なところの みじん もない彼らとのこれからの交友に、真暗な気持ちになっていた。

 


 


Copyright (C) 1999-2010 New-York-Art.com All rights reserved.