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-CONCEPT- OLD記事

ドリンクモア3

 Drink More 3

1993

34 × 25 × 10 cm

プラスティック板・カラークレー・FRP


ニューヨークの次郎長

 

第57回  大前田の栄五郎親分

 

 

 

 

 アメリカ人に絶対持ち合せのない、二千年の、すばらしい伝統の中にある、日本人独自の感覚。

 

 

 今でも、京都をじっくり見物すれば、先祖の築き上げた、感性を、自らの手で発見し、触れ、又、建築物や庭園の中で体験出来る。 無論、博物館に陳列された、絵巻や、生活装身具類、武器、よろい、刀剣から茶道具類に至るまで、ふつふつと、世界に誇れる、いや示さなければならない日本美を会得できる。

 

 

 栄五郎はブルックリンの片隅で、この日本人独特の実感覚を、フルに使って、西洋式キャンバス、油絵具で、彼独自のスタイルの抽象画を制作したのだ。 一見、従来の抽象画と較べ、何も目新しくない、地味で、落着きのある、空間が多く、手抜きの様に見える画面が、しばらく見つめている者を、いやおうなしに、不思議な、彼等が経験したことの無い、空間実に誘い込み、引き付けて離さない。 この不思議な魅力を持つ栄五郎の油絵に、審査員の一人、スミソニアン美術館の館長が、のめり込んでしまい、絶賛の嵐を新聞、雑誌の批評欄に書きまくったからたまらない。 美術館の館長は絶大な影響力を持つ、彼は作品購入権を持ち、大金を払うからである。 美術品ディーラー、画廊主たちは、大型新人登場とばかり、ブルックリンの栄五郎の下宿に殺到した。

 

 

 金に成る絵描きが生れたのである。 

 

 

 栄五郎は描きまくった。 十枚ぐらい一遍に壁に立て掛け、淡い絵具で下地を、わざと下手糞に塗る、赤、緑、青、黒、白、の原色を避ける、下地を塗っただけでも、何か、ほのぼのとした、優しく、暖かい雰囲気の空間が生れて来るではないか。 才能である。 

 

 

 こうなればしめたもの、この空間に、筆で、日本の色紙を切って作った短冊の様な形の色面を、ほんの少し、ばら撒く様に塗り描けば、画面は、益益控えめだが、生き生きとした抽象絵画に変貌する、マジックである。 どんなに画商ディーラーが、大勢、札束を抱え、門前列をなして並ぼうと、栄五郎の制作量は、充分賄(まかな)い得た、それ程早く仕上り、絵具が乾き切らないうちに運び出される始末であった。 

 

 

 功成り名遂げた大前田の栄五郎が、ソーホー北隅のハウストン通りに、画廊を開いたのである。 

 

 

「清水の次郎長親分ですね」

 

 

 渋く、どすの利いた声が、電話口でした。 

 

 

「お久し振りじゃあないですか、栄五郎ですよ、噂は私の耳にも入ってますよ、どうです次郎長親分とまではいかなくても、そちらの威勢のいい若い者に、このアメリカで、チャンスを与えてやって見ませんか。 画廊で発表すれば、たくさんの人が見に来てくれます、急な話で用意もあるでしょう、個展が大変なら、二人展、三人展でも構いません、スペースは充分過ぎる程あるし」

 

 

「ほう、駆け出し者の集まりの、この清水一家に、あなたの、出来立て、新品、ピカピカの画廊を使って、芸術作品の発表をしてくれとおっしゃいましたね、願ってもない話、ありがたくお受けさせていただきます」

 

 

「栄五郎さんの話、あだやおろそかにしちゃあいけねえ、石、鬼、鮫、豚、苺、たこ目、皆な聞こえたか、何か作って並べなきゃあ、この次郎長の顔がつぷれちまうぜ、どうだ決心出来たか

 

 親分を中心に、円陣を作って、床に座っている子分たちも、いざお呼びとなっても、肝心のお作品が一点もない、がらんとした広いロフトに誰かの描きかけのデッサンが、二、三枚、ひらひら舞っているだけ。 無論金は一銭も無い、いくら芸術はこれだ! と云ってげんこつを振回してみても、相手は大物栄五郎、ニューヨーク中から、大物美術館長、批評家、金持ち、友人たちを、ごまんと招待し、盛大な、こけら落しオープニングを考えているに決まっている。 下手すれば次郎長どころか、大前田栄五郎の面目も、丸つぶれになる。 責任重大この上ない。 次郎長は続けた。 

 

 

「会場を埋めるには、五十点の作品が必要だ、今から絵具やキャンバスを買ってた日にゃ、一万ドルはかかる、今、一銭もねえ、だが、金を掛けたから良い作品が出来るとは限らねえのは充分承知の俺たちだ、鬼、どうだ」

 

 

「はばかりながら、親分の前で、失礼かもしれませんが、この鬼吉、画廊だ、評論家だ、金だ、顔がつぶれるだ、なんて心配事は、このロフトに転がり込んだ、その日から、皆な捨てちゃいましたよ、たかが絵画展の一つや二つで、親にもらった、大切な脳みそを、悩ましたくありません、鬼吉は、スケールのでっかい事を仕出かして、アメリカ画壇を、あっ、と云わせて、デビューするつもりです、その為にこそ、世界の中心、ニューヨーク、ソーホーに居座っているんですから、この話から降させていただきやす」

 

 

 ぷーっ、と吹き出した苺は、喰って掛かった。 

 

 

「又、鬼吉さんの、得意の、大言壮言の大演説が始まったわね、聞き飴きたわよ、大口たたいてないで、さっさとデビューしたらいいじゃあない、アメリカで世間を、あっ、と云わせるには、銀行強盗か、警官殺しが一番よ、大統領でもぶっ殺して来なよ」

 

 

 次郎長は、にやにやしながら聞いていたが、

 

 

「石、お前やれ、乱暴者、あばれ者だけじゃあ、コニーアイランド止りだ、カがそんなに余ってんなら、そいつを作品に凝縮して見ろ、たまには、まともな壁に、作品並べて見るんだな」

 


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