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-CONCEPT- OLD記事

ドリンクモア2

Drink More 2

1993

36 × 25 × 8 cm

プラスティック板・カラークレー・FRP


ニューヨークの次郎長

 

 

第56回  大前田の栄五郎親分

 大前田の栄五郎親分は、名実、貫禄、共に備わった人物で、画家としても、大成功した人、三十年間のアメリカ生活で、実直、誠実、温厚で、誰にでも親切な人柄は、すでに、アメリカ、日本、両サイドから、絶大な信用を勝ち得ている、在米日本人アーティストの中でも、まれに見る存在であった。 その上新人日本人画家にとって、あこがれ、理想像であることはもとより、同年輩の、第一期渡米組の友人たちからも、その財力は、羨望の的、栄五郎の一挙手、一投足は、すぐ日本人地区に伝わり、パーティーでの格好の話題になる程であった。  


 無論、彼にだって、苦労話の種は尽きない。 何せ、三十年前と云えば、太平洋を船で渡り、ロスから、バスで三日二晩、大陸横断して、やっとニューヨークにたどり着く。

 

  栄五郎は、ブルックリンにある、アート・アカデミーに入学、そこで日本女性と結婚、卒業と同時に、誰でもが味あわされる、画家の修業時代の苦労が始まるのだが、今のように、ソーホーだ、ビレッジだと、国際色豊かに、世界各国から、自国の文化の代表みたいな顔をしたやつらが、のさばり歩くのと訳が違う。  


 昔は、東洋人など、一週間歩いても、一度もお目に掛かれない頃、ブルックリン地区の、この美校周辺などは、森閑(しんかん)、あまりの静寂に、捨てたたばこが、地面に跳ね返る音がして気が引けてしまうような、住宅街で、絵具屋、ペンキ屋など皆無。 仕方がないから、マンハッタンに出、美術館見学の帰りに、まとめて買い、友人の車にぶち込んで、我が家に帰る有様。 馬車で売りに来るパン屋から買った昨日の固くなった安パンを、煮出したコーヒーに漬けて喰う毎日が、何年も続くのである。  それでも絵を止める訳には行かない。 女房を働きに出そうにも、肝心の日本レストランも皆無、ウエイトレスが出来ないから、部屋にこもって内職ばかりである。  


 次郎長一家のロフトの在る、ソーホー地区だって、美術画廊や、高級ブティックが、室内装飾の粋を凝らし、ずらりと軒(のき)を連らね、土、日曜日は、数台の大型観光バスが、この狭い地区に集まり、郊外からの、見物、買物人を吐き出す、二、三十人毎(ごと)に、美術教養ある専門ガイドを雇い、人目で解る田舎臭い服装で、何か珍しい、文化の端切れでも、教養の、かけらでもおっこっていたら、頂いて帰って、パーティーでひけらかそうと、うの目、たかの目で、潤歩(かっぽ)しているが、青年栄五郎の頃は、無論、このマンハッタン、ダウンタウンの外れ辺りは、腹の減ったからすも寄り付かなかった。 

 

 ぼろビルばかり目立つ、一握りの倉庫街でしかなく、そこには、地元労働者相手のランチの店、それも、カウンターで喰うか、テイクアウトして、日当りのいい石段に座り込んで食うしかない。 しかし、この十年間に、あっと云う間に、ウエストブロードウェイを、目抜きの銀座通りとすれば、次郎長一家のグリーンストリート近辺から、南方面、キャナル通りまでのエリアが、ギンギラ、すずらん通り、並木通りと云ったとこ、どうして、と聞かれても、説明に困るのだが。  


 アーティストなる部族は、世間様から見れば、半端者(はんぱもの)の集団、人の寝静まる深夜に、むくむく起き出し、叫んだり、馬鹿騒ぎパーティー、得体の知れない儀式をしたり。 当の本人は、見え坊の意地っ張り、自意識ばかり強く、非妥協的で不親切、とここまで来れば、もう社会からのはみ出し者。 それなら同種族同士で集合、団結し、我らが楽園を築こうじゃあねえかと、この地区に集中、住み込み始めたのだが、消火設備の無いビルに住むことあいならん、と警察、消防署と、ごたごたの末、時の市長リンゼーが割って入り、勝手に住め、ただし、アーティストに限ると来た。  

 画家は極端に貧乏のはずだが、絶対に働こうとしない。 勝手な理屈をつけては、他人様から金品を頂こうとする。 そこは国際地区ソーホーだ。 世界中に、超大金持なら、ごまんと居る、その息子、同族、親戚の一人であれば、絵描きになるぐらいへでもない、強盗や、薬切れ患者、政治犯でふん捕まるよりましとばかり、金ぐらいですむならと、云いなり放題出資する。

 

 こんな、ミリオネヤーの息子、娘が、何千人も集まってるんだから、金の無いやつの方が珍しがられる始末の昨今。 当然連中のおめかしは高級ブティックから、それもアップタウンの有名デパートやブランドでは駄目、金に糸目はつけぬ代り、超オリジナルの一点ものを着たがる駄駄っ子持やばかりと来れば、レストランも一本百ドル以上のシャンパンを、大量に用意しとかなければ、嫌われるとあって、フレンチ料理に、デビッド・ボウイ並の金髪、赤ネクタイのやさ男を、わんさとウェイターに使っての大サービスだから、まあ、ちょっと懐の暖かいおのぼりさんでも、レストランなら昼飯止りにしといた方が無難、深夜のこの辺りは、リムジンで一杯、今やソーホーとは、こんな所である。 

 大前田栄五郎が、苦労話が好きなのは、自分が成功したからである。 切掛けは、ホワイトハウスの在る、ワシソトンDCで、毎年開かれる、リンカーン巨像の前、ポトマック河畔の周辺を、数千本の桜が咲き揃う、四月の桜祭りに、有名な、スミソニアン大美術館主催の油絵コンクールで、金賞を射止めてしまってからである。 

 


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