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-CONCEPT- OLD記事

日本橋

Nihon Bashi


1984


150 x 200  cm

 

アクリル・キャンバス

 

ニューヨークの次郎長

 

第35回  地下鉄で大騒ぎ

 

「こんないいお天気だって云うのに、皆な起きたら、石松さん、兄貴、起きろ、起きろってばこの野郎」


 苺が、とうとう大声をあげ、太い腕を揺すぶった。 


「まあこの人、寝てまで鉢巻している」歌舞伎の石川五右衛門のような、おっ立った、バサバサのねぎ坊主頭に鉢巻、それには、墨で黒黒と、芸術維新、と大書(たいしょ)し、中心に日本帝国海軍旗が、赤で染め抜いてあった。 肉体労働で鍛えあげた節肉もりもりの胸、腹、そして、その下の方に、


「あら嫌だ、何これ」


 巨大な一物の朝立ちで、ピンと張ったテントが出来上っているのを、うぶな苺は、珍しそうに、突っついていた。 


「ああ、うるさくて寝られやしねえ」


 むっくりと起き上った石松、びっくりした苺は照れ臭くなり大声で、


「石松兄貴、五月晴ですよ!」


 ギラつく朝日を真横から浴びた、百年以上もたつ、この汚なく、古臭く、暗い窓ばかりたくさん、ぼこぼこ開いた、赤レンガの建物群。 乱暴な大型トラックに、ひん曲げられた標識や信号柱、黄色いチェッカータクシー、朝っぱらからの大層な人出、街のもろもろが、金色に、反対側は、濃い紫色の影を作り、夜来の驟雨(しゅうう)に洗われて、この大都会を、一層どぎつく浮び上らせていた。 


 この街に集まる、胸が張り裂けんばかりに、各自勝手な野望を詰め込んだ飢え切った野獣たちに
も、ニューヨークの朝の太陽の一斉射撃は、昨夜までの、失意、悪酔い、夜道に捨ててしまった希望、ホームシック、病気を、毎朝奇麗に一掃してくれる。 その上、新たな希望まで残しといてくれる。 希望か幻覚か、錯覚かもしれないけれど、とにかく夢は、この大陸の広大無辺の山野をさまよい、芸術家の想像力は、ネバダからアリゾナ、ロッキー山脈の頂から、グランドキャニオン渓谷を飛び交い、花火と舞い、星空を縦横に切裂き、色とりどりに散って行く。 たとえ酒も無く、あかだらけの体で、ロフトの隅に転がり隠れていようとも心は忙しき、武士は喰わねどとか。 ああ、アメリカだと云うのに、何でこう日本語の発想しかわいて来んのやろう。 


「五月晴か、ああ」


 餃助が三段ベッドの中段に横たわったまま、大あくびをしてつぶやいた。 


「しょうぶ湯にゆず湯、空には高く鯉のぼり」


「私だってよ、鮫さん」


 牡丹が色っぽく、ネグリジェをはだけた格好で、男性用の棟に向って首を伸して云った。 


「昼間の銭湯でさあ、手足をゆっくり伸し、大股開きで、体じゅうに石験をたっぷり塗りたくって洗ってみたいわよ、ここの出の悪いシャワーじゃあ、体の隅ずみに、何年も、あかがこびり付いたっきりだもんねえ」


 豚熊が、

 

「俺だってよう、寺田屋で、ゴキブリと一緒に台所で扱(こき)使われっぱなしだもん。 テンプラの安油が体に染み込んじまって、ゴキブリみたいに光ってらあ、着る物全部テンプラのにおいが取れねえんだ」


「かつおのたたきで冷酒、湯豆腐で一杯か」


「鮫さん、それ、云いっこなしよ、故郷を思い出し始めたら限りないんだから、ここは地獄の一丁目、やるかやられるか、大成功するまでは、すべてお預け、我慢我慢」


「ちぇ、梅次、今朝、何か喰う物あんかい」


「鮫兄い、今日はそれ、コニーアイランドに行く日ですよ」


 鶴吉は、仕入れだけ済ますと金髪女房のお花に後を任せ、ロフトにやって来た。 ぶ厚い眼鏡をゴムひもで、耳にしっかり止め、ちょんまげ、はっぴ姿の彼は、ちょっとした大店の番頭役が、ぴったりである。 竹光だが脇差しを、背中に一本ぶち込んで、ゴムぞうりばき。 


「石松兄い、お日よりでっせ、今日は、さあみんな遠足に行きますよ」


 親分次郎長は、着いたばかりの石松の初仕事だと、英語のうまい鶴吉を付け、それに大政、鬼吉、梅次、豚熊と、三人娘で、とにかくその、コニーアイランドヘ、下見に行く手筈になっていた。 
地下鉄の入口は、ブロ-ドウェイと、キャナル通りの四つ角に、四つ、ぽっかりと暗い入口を開けていた。 チャイナタウンに近いここは、特に人種の見本市みたいで、それも教養の邪魔しない連中ばかり。 

 


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