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-CONCEPT- OLD記事

チェッカータクシー

Checkers Taxi


1981


32 x 48  cm

 

アクリル・キャンバス

 

ニューヨークの次郎長

 

第34回  地下鉄で大騒ぎ

 

 時間です! と監督の声に、皆一斉に立ち上がり、自分の作品の出来栄えに、悦に入っている。

 

 苺は、ビーナスの輪郭を取っただけ。 鮭子の方はと見ると、ほとんど出来上っているではないか、しかし、ビーナスとは似ても似つかないお化けかぼちゃの顔が、黒黒と現れている。 予備校で猛練習を積み、熟練、完成した周囲のデッサンとまるで違う、この異様な作品を、皆な、恐る恐る覗き、たちまち目を逸(そら)してしまう。

 
「監督さん」

 

鮭子が質問した。 

 

「色、付けないんですか?」

「ええ、これに君、絵具塗るのか?一体君は、どこから釆たんだ、石膏デッサンの描き方知らないのか」

 とあきれ、二人の田舎娘をしばらく眺め、さっと、さも汚わしい物でも見てしまったと云った態度でよそに行ってしまった。 

「へぇだ! どうする苺、駄目みたいねえ」

「よし見てろ!」                                .

 苺は口紅を出すと、お化けかぼちゃの口をマリリン・モンロー風に、真赤に塗りたくった。 目をむいた鮭子は、うろたえたが、今更、どうしようもなかった。 

 校内の食堂は大混雑、大量の受験生、プラス両親、付き添いの先輩や友人で、ごった返し、午前中の出来具合を、興奮状態で話し合い、午後からの対策に余念がなく、うどん、かつどんのにおいに混り、その話し声が、ワーン、と広い食堂に満ちあふれていた。 

「苺、調子良く描けてる」

「任せときなと云ったろう、それより、この辺で、後半戦に向け、一気にに景気付けなきゃあ、うなぎ、あんた昨夜の残りの焼酎持って来てただろう、出しなよ」

「飲むの!」

「あたりまえよ、今更、びくついたって始まるかい、鮭子、入学祝いよ」

 空いたうどんのどんぶりに、ジャブジャブ注ぎ分けると、ちびちび二人は飲み出した。 新聞紙にくるんだ一升瓶は、うなぎも混って、どんどん減って行った。 

「ああ、すてき、春らんまんで雪見酒か」

「冬来たりなば春遠からじ、調子出て来たわねえ、うふふふ」

「鮭子、どうしたのよ、しらけた顔して、あきらめなってば」

「ええっ、あんたたち、ちゃんと描いて来たんでしょう」

「うふふふふ」

 苺は、どんぶりに指を突込み、鮭の顔に、焼酎をはじきかけた。 

「何すんのよ、私のデッサンめちゃめちゃにしたくせに」

 負けじとやり返したからたまらない。 何よ! つとお互いにどんぶりごと、ぶっかけ合いになってしまい、食堂験然。 

 いつも苺は、ここで目が覚める。 

「石松さん起きなさいよ、すごいお天気よ」

蚕棚ベッドは、いびきと一緒に、すえた臭いが、むっと鼻をついた。 

 親分は、反対側の床に、拾ったじゅうたんを敷き、マットレスをのせ、じゅうたんの端には、スニーカーが、きちっと揃えて脱いである。 女性三人、いずれもアーティスト志望、それぞれ面白い過去を持つが、ゆえあって次郎長の子分となり、四棟のうちの一つを占領、上から、ちびのたこ目、トップレスダンサーあがりの牡丹灯籠(ぼたんどうろう)と、我が苺ちゃん。 

 子分共のいびきと臭いにおいに、苺はたまらず、自分の寝袋を、フロアーに持ち出し、その都度、気に入った場所を見付けて寝ていた。 普通ロフトに住む場合、この広大な空間を、好みに合せて改造し、書斎、客間、大食堂と区切り、プールまで造ってしまったやつも出て来る。 グランドピアノに熱帯樹、熱帯魚のペット類はあたりまえ、ちっとも珍しくない。 次郎長は、部屋割りを嫌い、だだっ広いまま、放ったらかしてあるから、電話が鳴ると、苺はふざけて、ローラースケートを履いて隅の受話器に走った。 

 

 制作意欲をかき立て、わっとキャンバスに向わせるには、このくらいの空間は最低必要だ。 こういう馬鹿でかいアトリエを手に入れるためにも、俺たちアーティストは、ニューヨークくんだりまで来ているんじゃあねえか。 何かすばらしい芸術作品を生まなきゃあ、お天道さまに、申しわけないぜ、と次郎長は、常日頃、子分たちに、はっぱを掛けているんだが肝心の連中は臭い体で、他人の懐ばかりをあてにして、酒ばかりあおり、芸術論で意識を高揚させるのはよいが、仕事はそっちのけで、ぐーすかぐーすか、高いびきの毎日である。 


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