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-CONCEPT- OLD記事

バブリシャス・ガムが茶の湯の座に落ちた

 


1984


226 x 360 cm

 

フェルトペン・インク・プラスティック・紙

 

ニューヨークの次郎長

第28回  チャイナタウンの石松


 次郎長の正面に坐っている、眼鏡の、大学生のような男が、揉手で、しきりに、日本語が解りもしないくせ、二人の会話に、うなずいているが、こいつがボスにしちゃあ、人が良過ぎるようだが、一見やくざ風は、ドアーを挟んで、上着を背に引っ掛け、足を傍の椅子にのせ、無表情で、こっちを向いていた。

 

「たった百万です、お願いです、この際、突っ返しちゃいましょう」

「ホー、ホー」

と指を四本立て、次郎長に催促している眼鏡のボスに向って、

「しゃらくせえ」

 石松は、鼻がぶつかる程近づき、割れんばかりの大声で怒鳴った。 

「この腑抜け野郎、饅頭みてえな面しやがって、親分に向って金返せだと、ふざけるな、さもないと女、返さねえとぬかしたな、おい」

 通訳抜きである。 びっくりした鶴吉の眼鏡も、さっと、蒸気で曇るのが、手に取るように解った。 

「よく開け、清水の次郎長に、強い子分は数あれどだ、俺より強い男が、二人とあって、たまるけえ、ってんだよ、このとうへんぼく」

 次郎長一家と、殴り書きした、破れ三度笠をかぶった奇妙な男が、急に、横から怒鳴り出したのに、ボスも、眼鏡を取って拭き始めた。 石松は、いきなり、キッチンに駆け込んだかと思うと、馬鹿でかい包丁を持ち出し、二人の前のテーブルに、どかーっと、突き刺した。 いや突き刺そうとしたが、プラスチック張りで、滑った包丁は、横の壁に向って、勢いよく飛んだ。 すわーっと、用心棒の一人が、本物の拳銃を引っこ抜き、石松に向けて、何やらわめいたが、石はそんなことお構いなしに、怒鳴りつづけた。 

「おい、もやし臭えの、手前らみたいなちんぴらが、うちの大親分に、いちゃもん付けるとは、とんでもねえぜ、こんな汚ねえ、チャイナタウンだか、トンカツタウンだかしらねえけれど」

 ここでピストルの男に近より、酒臭い息を吐きかけながら、

「俺が長脇差(ながどす)を一度引っこ抜いたら、おまえさんの首は胴から離れちまって、二度と、くっつくことはないぜ」  

 次郎長は祈った、石松、脇差に手を掛けるなよ、お前の刀は竹光なんだ、人間はおろか、猫、ねずみでも笑って逃げちまうんだ、絶対抜くな、抜いたら最後、やつは、本物の刀だと思って震えてやがんだから、本気で撃って来るぜ、頼む、触るんじゃあねえ。 

 キッチンのドアーに、手に手に得物の菜っ切り包丁を持った、でぶや、ちびの料理人が、前掛けのままで集まっているが、一方、反対のドアーは店に通じているため、お客の中の、アメリカ人のグループが、すわハプニングとばかり顔を突き出し、面白がって見物しているではないか。 

「解ったな、これに懲りて、とんでもねえ、いちゃもん付けるんじゃあねえぞ、悪かったと思ったら、これから毎日、昼飯でございますと、その饅頭を二十個程持って来い、住所はと、グリーン通りの五百番だ、間違えるなよ、このとうへんぼく」

 やっと、この場の異常な空気を感じ、震え出していた苺の腕をつかんだ石松は、どんどん引きずって出て行った。 食堂を通過する一行四人に、拍手を送っているやつらがいやがるから、言葉の通じない世界は、こっけいである。 
 鶴吉は、晴晴した顔になっていた。 

「やりましたねえ石さん、さあ来いだ、こうなったらとことんやるぜ、何せ石さんは、御親切にも、俺たちの住所まで、やつらに教えてやったんだから、どんな手で改めて来るかだ、うひひひひ、どうにでもなれだ、こうなったら」

「あー、何だか怖いわ、私、又、あの金粉入りのお酒、飲みたいなあ、すばらしい夢見ていたのに、いきなり、鬼ばばあに、たたき起されたみたい、親分、どうなるの、我我」

「皆殺しかもよ、相手は日本のちんぴらと、わけが違うんだ、その気になりやあ、ハジキはおろか、手榴弾、マシンガンから、ロケット砲でも持ち出して来るぜ、女は捕まって、毎晩、ストリートに立たされるよ、そんなに怖いか」

「わっはっはっは、親分の後にくっついていりやあ、俺一人で生きるより、何倍も、人生、面白く生きられるからなあ、親分、俺も、ニューヨークが好きになりそうだ」

「それは俺のせりふだ、この野郎」

 


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