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-CONCEPT- OLD記事

キス 

 

 

1975

キャンバス、アクリリック、コラージュ

70 X 40 cm

 

ニューヨークの次郎長

第20回  次郎長一家売出す

 

 拍手はこちらでも起こっている。 鶴吉が、ここ一番と腕を振るっている刺身コーナーでは、魚河岸で買い込んだ、一メートル近い出世魚、 すずきが二本、包丁さばきよろしく、刺身で椿の花が出来上った。 身が花びら、周囲にワカメをあしらい、セントラルパークで摘んできた黄色いたんぽぽが、一つずつ、芯がわりに入れてある。 これが食べ物か、美しくて喰うのももったいない、と眺め、きゃあきゃあ騒いでいるから、たわいのない連中だ。 横で子分の、お相撲の綱が王将染めの浴衣から、上半身はだけ、ぽちゃぽちゃよく太った両腕で、威勢よくにぎるすしも、大した景気づけになっている。


 すしねたの豊富なニューヨークの魚河岸は、ウォール街の裏手、イースト・リバーに面してある。 早朝四時きっかりに、古ぼけた鉄製の百メートル近い横に長い格子戸が、ぎいぎいぃっと、おもむろに開かれる。 それっと飛び込み、ねたを仕入れるのだが、一種類の魚を、テンポンド以上買えば、素人さんでもOK。 気の荒い連中ばかりだが、今や日本レストランブームで、日本人大歓迎、だが、まぐろ、かつお、うに、など上等な魚は値段が十倍以上にはね上がってしまい、普通のお客は手が出ない。 先頃まで、干せばからすみになるぼらの卵がただみたいな値で、取引されていたが、これもたちまち商社が買い占めてしまい、河岸から姿を消してしまった。


 又、ここはギャング映画のとおり、昔は、マフィヤの縄張り争いで、手かぎでひかっけられ、ドラム缶や、セメントだるに詰められ、海に投げ込まれたチンピラも数知れずと云う恐ろしいところなのだが、ちゃんと金を払って買っているぶんには、何もびくつくことはない。 ただし、ロブスターや、ソフトシェルがになど高価な買い物品を、車のトランクに入れ、他に行っていたすきに、かっぱらわれた話はある。 鶴吉は、魚の他に、はまぐり、かにを、たるで仕入れ、かには大がまで、どんどんゆであげ、はまぐりは、生のまま、その場で開き、六つずつ皿に盛り、レモン、ラディッシュ、ケチャップで食べる。 ワインの前菜は、これと生がきが、アメリカの常識。 かまゆでを逃れ、逃げ廻っているかにが、ロフトのあちこちでお客さんに発見され、キャアキャアの喚声。 高級な人種は、生きたかにに出会うなど、めったにないらしい。


 そういえば、チャイナタウンの坂道で、段ボール箱に入れて売っているかめをおもちゃだおもちゃだと云って聞き入れない若いアメリカ女性を、仕方なく、奥の通りにある魚屋まで引っぱって行って見せてやった。 そこでは、チャイニーズの若いアベックの指名で、水槽の中の大型のかめが選ばれ引っぱり出されると、まず汚い包丁を、頭か、しっぽか、どこの穴でもかまわず刺し込み、嫌がり、身を縮めているもかまわず、包丁の上から木片で、どかすか打ち込み、手から滑って、かめは包丁をつけたまま床に、又拾い上げるとどかすか、こいつはずぶと過ぎると、今度はなたで、甲羅ごとたたき割り、結局なたが一番有効でこま切れにされた肉と甲羅は、二つのビニール袋に入れ分けられ、はい出来上り、これを終始汚いゴム手袋をはめての作業だったから、日本の、鉢巻、たすきがけ、研ぎ上げた出刃、常に水を流すまな板、すばやい包丁さばき、の正反対。 先刻のアメリカ女性は、もう呆然、貧血でも起こしかねない顔色でした。


 ロフトの一隅が、黒いカーテンで仕切られ、薄暗い奥に、立体活人画風地獄絵図が出来上っていた。 ふんどし姿の青鬼が一人、槍を持って突き立ち、三人の亡者が赤ペンキを塗られ床に倒れ、新聞紙やカードボードで作った、大きな糞の津波やげろの河があり、なんと高下駄の女が裸でしゃがみこみ、脱糞の格好をしているではないか。 倒れている一人の亡者の背中の皮を、馬頭の獄卒が口に剣をくわえ、べりべりと剥がしにかかっている様子。 他の二人はくそだめか、煮えくり返っている胴の穴の中でもがき苦しんでいる、赤と黒の対照がこの暗い一隈をいかにも生産な感じにかき立てている。
 さしもの連中も、何だ何だと次郎長を質問攻めにしている。


 日本人にとって、あたりまえの、絵巻などに見られる視覚化された数数の地獄風景の故事来歴は、説明不可能、アメリカ人にはハリウッド映画にあるような、地獄部隊、地獄の戦線、地獄の天使、地獄の三角関係など、人間が生存中に遭遇する恐怖や苦痛を地獄とは呼ぶがまさか、死んだ後までも、我我がこんなひどい目にあわされるなんて想像もつかない。 しかも、日本人の地獄行きの理由がふるっている。 五つの大切な戒律を破った者で、殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒、の五つ、最後の飲酒は、酒の功徳を人に説いて、言葉巧みに酒を飲ませた罪だと。 これじゃあ、酒屋や、バー、キャバレー人種には、地獄行きのチャーター便でも飛ばさなけりやあ間に合わないことになりそうだ。


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