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-CONCEPT- OLD記事

密林パーティーに苺ドロボー

Taking a Strawberry in Jungle

1999

60  ×  53  cm

アクリル ・ キャンバス

 

ニューヨークの次郎長

第5回

 レストラソ寺田屋はソーホーに在った。 ソーホー銀座ウエストブロ-ドウェイより一本西、イタリア人の集り住むトンプソン通り。右隣が、カフェー・レオナルド・ダ・ビンチで道路にまで押し出した二十個のテーブルは日本人ヤング観光客で常時満員、左隣は、空っぽのウインドーから覗ける中に商品らしきものは何も無い。 親父はこの店に昔、シカゴの大親分、アル・カポネ様が立寄られたのが唯一の自慢話、これらに挟まれた日本レストラソ寺田屋。 汚れたなわのれん、屋号を染め抜いた手ぬぐいを釘止めした入口、夜逃げした同業者から払い下げてもらった障子、格子、畳でそれ風にこしらえた、まあ雰囲気のある一膳飯屋であった。

 でっぷり肥った高下駄の久七は、正面テーブルに、左右に子分共を従え、早くも赤ら顔で、入って来た次郎長をギョロリとなめまわした。

「いやな野郎だな」

 次郎長は思った。 こいつとは通じ合えねえ、俺と電波が合わない人種だ。 久七の子分ダニエルが下手糞な日本語で、

「コーン、ニチ、ワー」

と次郎長にあいさつした。 前髪を目まで下ろし、すだれの問からじっと見ている女が、久七の女、猿だ。

「始めてお目に掛りやす、手前同じく、絵画彫刻なるものに精出しておりやす、帝国大学油科卒業、生れは東京麹町三番町、故あって姓は清水、名は次郎長でござんす。 半端ものでござんすが、このニューヨークに渡り来、右も左も英語も仏語も解りやせん、以後よろしくお引立ての程、お願え申しあげます。」

「まあ固えあいさつは止めろ、馬鹿野郎、ここはニューヨーク、太平洋がすべて、日本でのごたごたを洗い流してくれるわ、わめくなら一杯飲んでからだ」

 ただ酒だと思ってか、久七の注ぎっぷりはすさまじい、ジョニ黒をわしづかみにすると、紙コップを一列横に並べ、一気に注ぎまくったから、軽いコップが二つ三つ倒れテーブルに酒が流れた。

「次郎長さんって、お強いんだってねえ、でもうちの久七親分は、この世界じゃあ、たいした出世をなさってらっしゃるんだ、仕事場に使うロフトってえのを、三軒、別荘だって キャッツキル山 とハソプトンに、それを夏冬使い分けてらっしゃる。 そこいくと絵描きづらしているそちらの子分さんなんざあ、かわいそうに、ロフトどころか、薄汚ねえ安アパートに何人もでシェアーしてゴキブリのように生きてるとか」

久七にしなだれかかり、嫌味たらたらの猿を横目に、

「お受けいたしやす」

 なみなみ注がれるジョニ黒を、一息であけたものだから、周囲から、ワーッと拍手が起った。 久七の癖のひとつは新米のヤングに嫌味を、ひゃくまんだら並べ、悪酔いさせ、吐かせ、倒して翌朝電話で、どうだったと、前夜の修羅場を聞いて楽しむ、新婚の新進作曲家が安バーに招待され、飲めます、と云ったばかりに、ラム酒をストレートで十杯以上飲まされ、 のたうち廻ってホテルヘ、 慌てた女房が、

「彼、トイレで二時間も動かないの」

と電話で泣きつかれ、うれしがったりの悪趣味ぶりだが、次郎長にこの手は通じなかった。

そのうち子分もどしどし集って来る、大政、鬼吉、ブルックリンから端を越え、忠治親分も顔を見せる、女ははしゃぎだす、奥のテーブルが一段と賑やかさを増して来た。 山イモの千切りの山の中に、マグロの切身がちらほら見え隠れ、イクラオロシ、ウドのぬたあえ、カズの子とこもちわかめの甘酢混ぜ合わせの大どんぶりなど、へー、これがニューヨークかい、と次郎長も目を白黒。

「親分、今日はくつろいでくだせえ」

 鶴吉は花子と、ここぞとばかり、二十五年間の苦労を吹き飛ばさん勢いで、料理に精を出している。

「いらっしゃい」

 掛け声だけはよいが、入って来る奴は、次郎長歓迎会タダ喰い族の子分たちばかり。

「えらく日本人アーティストってえのは、この辺に多いんだねえ」

「カメラ一つぶら下げてても、アーティストでございます、で通用するご時勢ですからねえ」

 


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