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-CONCEPT- OLD記事

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冷蔵庫ドア-の表  

 思考するマルセル・デュシャン

 

Drink More

 

1981

 

100  ×  75  cm  

 

冷蔵庫のドア-・アクリル

 

 

講談 ニューヨークの次郎長・外伝10

 

狂人鬼吉  前編

 

 花のソーホー地区、中でも賑かなプリンス通りにあるカフェバー・フエラロのテーブルを挟んで、石松は鬼吉相手に上機嫌。 バッファローウイングと メディタ レイニアン風 スチームドマッスルの大盛を肴に、いつもの強いバーボン酒を ぐびりぐびり やりながら、石松は、 

 

 「なあ鬼、俺たちはついてるぜ。 来て一年たらずなのに、今やアートの世界的中心、ソーホーのど真ん中の画廊で、どうぞおふた方、大個展をお開きになり、傑作絵画を並べ、世間をアッと言わせてやっておくんなせえだなんてよ!」 

 

 「それにしても栄五郎親分てのは、うちの次郎長さんと違って、お金がおありになるんだなあ-」


 ニューヨーク州アルバニー市に大邸宅を構える抽象絵画の大先駆者、大前田栄五郎の大成功は、一旗挙げようとアメリカにやって来た日本人画家の羨望の的である。 日本古来の伝統美、ワビ、サビ、幽玄を西洋式油絵具、キャンバスを使い巧みに表現。 その源氏物語絵巻風抽象画が大美術舘の館長や有名批評家を魅了し、マジソン街の大画廊の手で大コレクターに飛ぶように収集され、ホワイトハウスにも数点、大統領の部屋にまで飾られているのだから、これ以上言うことなし。 その栄五郎親分、これからは日本の若者に、このニューヨークで芸術発表のチャンスを与えようと、ポケットマネーでソーホー地区にボロビルを買い、そこで新品画廊を開くことにし、改装を請け負った次郎長一家の、中でも特に生きのいいこのふたりに白羽の矢を立て、画廊二部屋をそれぞれ大個展のためただで使えとの申し出に、仰天した右松に鬼吉、持って余りあるものは欲求不満な体力だけで肝心のお作品がひとつも無い。


 「何ったって石松兄貴は美大卒。 銀座で個展だって数十回の強者、いざとなりゃあ パッパーッ と大作でも描きとばせるだろうが、この鬼吉はそんな簡単にいかねえんで、急にお前の出番だと言われたって、個展だ、飾り付けだ、オープニングだって、一体何のことか、さっぱしでさあ」


 もともとこの鬼吉という男、絵描きでも彫刻家でも何でもない。 ここは居心地がいいやと次郎長のロフトに転がり込んでいたが、親分次郎長の生活ぶり、すなわち真昼間から大酒を喰らい、豪快に天下国家を論しているかと思うと、創造意欲がわいたと深夜にがばと起き、電気ノコギリを振り何して彫刻制作。 飲みっ振りの良さが人気で、パーティーのお呼びはひっきりなしのいそがしさ。 その上先生先生と祭り上げられ、はるばる日本からも、一本下げた客人、雑誌編集者、カメラマン、画家の訪問もひっきりなし。 皆まとめて面倒見ちゃうが一方、金はからっきしの貧乏生活。 この気安さに惹かれたのが鬼吉。

 

 「よし、俺もいっちょ絵描アーティストさんになってやろう」 

 

 と決心しちまったのが運命の別かれ道。 だが絵描にしておくには惜しい男前の鬼吉、絵を描くより鏡の自分とにらめっこして いる時間の方が長く、こうじて おしろい片手に玉二郎風に化粧してみたりまゆげをそり落としちまったりの熱の入れよう。 それを見ていた親分、 

 

 「今日は面白えパーティーがある。 鬼、女になれ!」


 次郎長歓迎会場レストラン寺田屋は、ソーホーのはずれ、イタリヤ人の集まるトンプソ通りにあった。 汚れたなわのれん、障子、格子、古畳でそれ風な造り。 まあ雰囲気のある一膳飯屋。 主人鶴吉は三十年前、やはり絵描志望でやって来たが、まず始めたバイトの皿洗いがそのまま続き、今や、やっと一軒店を待つ身。 一宿一飯の恩義を今日こそ親分に返そうと、酒、肴代一切自前で引き受け、従業員兼女房のお松と大張切り。


 「へい、いらっしゃい」


 だが威勢よく入って来る客は、バーティーのただ喰いにありつこうという、貧乏絵描ばかり。
 でっぷり太った高下駄の久七は、子分を従え正面にどっかり座り、すでに一杯機嫌。
 入って来た次郎長一行をぎょろりとなめまわした。 この久七、ジャポニカ骨董なら、欠けたそばつゆ茶わんから、お稲荷さんのきつね、はてはチビた高歯下駄まで磨き直し売りとばす どん欲男。 金閣寺と呼ぶたいそうな店を近所に構え、右も左も解らない着いたばかりの若者を、金になるからと誘い、店の地下室で骨董修理にこき使っている評判の悪い奴。

 「始めてお目に掛かりやす。 手前同じく絵画彫刻なるものに精出す東京は銀座の生まれ。 故あって姓は清水、名は次郎長、半端者ですが、このニューヨークに来立てのほやほや、よろしくお引き立ての程お願い申し上げます」


 「まあ竪えあいさつは止めろ、馬鹿野郎。 ここは日本じゃあねえ。 どんなごたごたも太平洋の水が洗い流してくれらあ。 わめくなら一杯飲んでからだ」


 ただ酒と知ってか久七の注ぎっ振りはすさじい。 ジョニ黒をわし掴みに誰彼と見境なくなみなみ注いでのめのめの催促。 酔わしてぶっ倒そうとの魂胆。 だが次郎長にこの手は通じない。 一気にコップ一杯を空けたからわっと拍手。 次郎長さん若親分ともてもて。 いよいよ頭に来た久七の目に、掃きだめに鶴と見まごういい女がべったりと横に。 いわずと知れた鬼吉ふんする大姉御のお民。 おしろいたっぶりの厚化粧、こぼれ松葉を白抜きであしらった紫の着物に銀糸の帯をだらしなく巻き付け、頭は高島田にさんごのカンザシを一本刺している。 次郎長に酌をする姿の色っぽいことは久七の連れた女、すだれの猿の醜く脂ぎった大年増とは比較にならない。


 「やいやい この色男。 日本でいくら大きな顔してたからったって、お前の絵なんざぁニューヨークじゃあ いちインチ も通用しねえぜえ。 俺様から見りゃあ東京だ大阪だなんて、こえだめ臭え田舎よ。 芸術の中心はここだ。 俺様は三十年前、構浜港から貨物船の船底に押し込められ五十日、西海岸からバスで三日三晩 ここに着いたその頃は、日本レストランなんて皆無。 こんな豪勢な歓迎会なんて、誰もしてくれゃあしなかった。 それに引きかえお前は、大そうな奨学金を手に入れ、飛行機旅行、途中ハワイで三日の休憩だと、 この野郎。 お前みたいなのを前衛貴族って言うんだ!」


 この野郎言わせておけばと、一升ビンを掴んだ石松の手を押える次郎長。 勢いに乗っている久七はゆでだこのようになり、


  「やいそこの色女! でれでれしやがって、ここをどこだと思ってんだ。 鬼も恐がるニューヨーク。田舎温泉町のお座敷と間違えんな。 裸になれ! さあ、空ビン抱えて踊ってもらおうしゃあねえか。 なあ猿、女のよかちんなんざあ、めったにお目に掛かれねえぜ」


  それではとテーブルに乗ったお民。 足で ざざーっ と皿コップをかき分けると、ぱーっ と脱いだからたまらない。


  「 げえ-。 男だ! 」

 

 


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