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-CONCEPT- OLD記事

カサのオバケ

Umbrella Ghost

1982

45 × 50 × 80 cm

 

カードボード・プラスティック

 

マラリヤ死線を越えさせた一粒のクロマイ


 みぞれ混じりの寒風が容赦なく窓の隙間からヒューヒュー吹き込む深夜のロフトでアート制作に夢中の次郎長親分は、階段をガタガタ不器用に登って来る音も、どうせ呑んだくれの子分の一人だろうと気にも止めなかったが、ひょいと振り向くと、太い黒の鉢巻きでしっかりと白布を頭に留め長く垂らし、それが真黒く日焼けし、げっそり頬の肉のこけた顔の半分を穏した砂漠のローレンスが突っ立っていやがるじゃあねえか。


 「ぎょ!手前一体誰だ!」


次郎長はずーっと視線を落とすと、地下足袋が目に飛び込んだ。


 「為じゃああねえか!」


 「へえ次郎長親分、お久しぶりでござんす。 手前地下足袋の為五郎、サハラ砂漠縦断の長旅からただいま無事に、いや命からがらたどり着いたところでござんす」


 「それで、手土産ぐれえ、そう、アフリカ産のラクダの肝入りブランデーでも一本下げてるんだろうなあ」


 「へえ、土産と言うとその・・・・ マラリヤ病を背負い込んで来やした」


 「何んだって、この!」


 御存知為五郎は前回のアマゾンカヌー下りの男。 本名持丸重徳。 今やかたぎのれっきとしたタイル張り職人。 ソーホー地区じゃあ十人のお弟子を抱えたジユー・タイルマン・カンパニーの社長。 だが人間誰でも一時は血気にはやり親伝来の黒い血にそそのかされ、為さんも同様、アマゾン漂流ぐらいでは飽き足らず、今回はアフリカで ものほんのラクダの背で 月の砂漠 でも歌おうとNYを出発。

 ベルギー、フランス、スペイン、ポルトガルから地中海を渡り、モロッコ、アルジェリア、ナイジェリア、カメルーン、セントラルアフリカ、ザイール、ザンビア、タンザニヤ、ケニヤ、エチオピア、スーダン、エジプト、ギリシア、イタリア、スイス、西ドイツ、ベルギーを経て、やっとニューヨーク。


 「それで手前、サハラは縦断したのか?」


 「へえ、ラクダじゃあ何年歩いても着かねえとふんで、まあアルジェから戦車みてえなベンツのバスで砂をけ散らしタマンラセットまで三日。 そこで会った重装備の二人の日本人から、あっしのペラペラ寝袋と数枚きりの下着に心配顔で、奥地じゃあ百パーセント、マラリヤに見舞われるからと、餞別代わりにと、とっておきのクロマイを一錠、押し頂きやした。 そこからザイールのアガサスに向かい、救援穀物運搬トラックに便乗、五十度の猛暑の中を突っ走り。 同乗のフランス野郎は、水がれでぶっ倒れ、原地人に介抱されたり、トラックは砂に突っ込んだり、視界ゼロの砂嵐をフルスピードで突き抜けたり、長い首を背中までそっくり返して死んでいるラクダを横目に、とにかく真夜中、アガサス町に到着。 しかしホテル四十ドルと聞いてびっくり、やはりここでも野宿になったわけなんでやんす」


 「ニューヨークみてえにガンやナイフの強盗さんは居ねえのかい」


 「真夜中、あっしのムシロゴヤの横を全速で、ドドーッ と野犬の群れが走り過ぎ、町一番の高台の十字路で低音から高音、ドレミハよろしくほえるまくりゃがったのが無気味でしたがねえ。 翌朝、ドロ璧の家並、モスク教会を包囲する無数のテント群から、バケツを手に救援物資を項く行列、ジープに突っ立ち無表情で手を上げているフランス将校、歓声、とにかく変な所でさあ」


 「そんな所に為の口に合う食い物があったかい」


 「ニジェールの南端二ンジェール町の安食堂で、残した食い物を二つに分け外に出やした。  案の定、裸同様の飢えた子供にワッーと取り囲まれたあっしは、それをパッと左右にほうり、連中気をとられている間に、次のバス料金を払うためボスの方向に歩き出したんです。 

 緑蔭に、こいつだけは脂ぎったどてっ腹と太い両足をどかっと投げ出し、金をいしくりながら、なんと気持ちよさそうにヒゲをそらしているんです。   そのカミソリが何と食堂カッパライのナイフを研ぎすましたやつなんで。 

 と、今度は片足の少年があっしから小銭をもぎ奪ると、反対側道賂にしゃがみ込んでいる焼肉おやしから串焼を一本、ガツガツ食いまくるその速さ。 

 同乗のバス客の中に腰に刀を下げ、日本の武士よろしく品格のある親子三人連れがいましたが、食い物は腰の袋のヒマワリの種だけなんですからねえ。 

 窓際に座ったあっしの眼前にうら若い黒人三人娘が何んか歌い出しました。 目明きの女を先頭に肩につぎ、ツエを横に持ち合う三人目はお目くらさんです。 

 これ以上の悲しみはこの世にないと思われる程哀調を帯びた声、燈み渡り、よく通る声にあっしの臓腑はたちまちしびれ、サイフの口は自然に開いちまいました。
 ニジェールからナイジェリアに入る頃は、あっしの体も下痢と微熱続きで、頼み込んで乗ったトラックはあっしの外には牛の親子と山羊十教頭でした。

 この強行軍は、二日二晩走りっぱなし。

 荷台前方の親牛はモーツとたまらず仔牛の上にどっと倒れ込み、悲鳴を聞いた運ちゃんは、丸太で親牛を小突Lげ、無理矢理立たせたのはいいが、山羊の小便糞悪臭はあっしの鼻の機能を麻棒させ脳髄の奥まで達し、荷台最後部の、板の上にあっしは座り、両手で横ざおを振り落とされないよう、しっかり握りしめているため睡魔を払うのがやっと。

 はまだら蚊には刺されっぱなしの状態でした。

 下痢と微熱に追い討ちをかけるような雨期の野宿で体が冷え込み、食い物は紅茶とパンだけ、げっそりしょうすいしたあっしは村の教会に倒れ込み、年老いたイタリア神父は無言で別館の一部屋へ案内してくれたんでさあ。

 発熱は頂点に向かって進み出し、悪奉と高熱が度合を増して来ると寒中水泳をやっているようで、歯の根が合わず ガタガタ ブルブル。

 その頂点に達したと、もうろうとした脳細胞が知らせた時、しっかり握りしめていた例の一粒のクロマイを口にほうり込んだ。

 しばらくすると両足の親指に火が付いたようにグァッグァッと熱くなり始め、全身に及ぶともう熱気でムシ風呂。  とっておきの下着を三回替えたところで峠をうまく越えられたんです。

 翌朝反村側の便所にふうふうの状態で向かっていると、すでに集まっている近所の人達の賛美歌の合唱が聞こえやした。

 これは生まれて初めて聞いた美しい歌声だったと、あっしは今でも忘れられやせん」


はるばると  たどりたどりしアフリカのマラリヤしょい込みど真中    為


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