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-CONCEPT- OLD記事

無用の介

 

 

Myounosuke

1968

120 × 400 cm

講談    ニューヨークの次郎長・外伝 2

                                                                                                     1987年OCSニュース掲載

 

為五郎恐怖のアマゾン下り

 

 地下足袋の為五郎と言う変わった名前の子分が小説 『ニューヨークの次郎長』後半で、「ところで為五郎、お前の履いている地下足袋どこで手に入れた」 「へえ、日本で植木屋修業を中学中退でやってまして、あっしは世界一の植木屋職人になりたくてニューヨークまで来たんでさあ」、と言う下りがある。 この為さんのモデルがニューヨークに居て今でもぼくの親友の一人。 本名は・・・ おっと、この種明しはあとのお楽しみ、今日はその地下足袋の為五郎の一席。
 旅人を気取る次郎長だってせいぜい東海道の往復が精一杯、そこいくと地下足袋のは、スケールが違う。
 「いやあそれ程でも。 しかしアマゾン下りの時はびっくりの連続でしたぜ、えへっへ」

 

 「時あたかも71年6月7日、この2日前に会長と言う渾名(あだな)の、同じベニハナの皿洗いの友人からアマゾン行きのお誘いを受け、2日考えさせてもらいやした。 第一、ワニ、ピラニヤ、大滝に首刈り族、こんなイメージしかあの河にはなく、その上、永住権申請中の身。 しかしあっしの冒険心には火が付いてしまい、話を聞いていた弁護士も、 『よしあとは任せろ、ただし行ったさきざきでどんどん手紙を私に送れ、それで何とか出来るはずだ、がんばって行って来い』 とかえって励まされちまって」  

 「ふ-ん、それで為、バイトで貯めたしみったれた金で行ったのかい。 まあ熱い国に行んだ。 着の身着のままでもいいが、飛行機を使わずブラジルまで全行程ヒッチハイクだと!」  

 

 「へえ、五十台ぐらいヒッチしてやっとメキシコ国境だったかな」 

 

 「そして数あるアマゾン源流の中でも、俺たちは先ずペルーのリマから北上、一路標高四千メートル級のアンデス山脈を越え向こう側、ブラジルサイドの村プカルパに向かいやした。 バスは中古のアメリカ製スクールバス、えっちらおっちらガタガタの山道を登るんで、もううんざり。 急に 『ウオッー』 と言う大声が後の座席で起こったので振り向くと、ついて来ていたトラックが谷底に向かいズサッーと滑り傾むき、大木がやっと転落を食い止めているではないの。 いやな予感がすぐに的中して、俺たちのバスのハンドルが空転、がけにどっすん。 三時間の修理の後やっと峠にさしかかったのはよいが、俺だけなぜか息苦しく胸が痛みだし、座ってはおれず、床をのたうち回ってしまった。 連中はと見れば、全員コカの葉をむしゃむしゃ噛んでいるではないの、これが俺様には初体験の高山病でやんのさ」

「オール付きで20ドルで手に入れたカヌーは長さ七フィート、幅は極端に狭く、腰がやっとの十八インチ。 だが感激のアマゾン源流を俺たちは、カンズメ、パン、ビニール布などを積んで、いざ出発と漕ぎ出しちまったっけ。 ブラジル大西洋岸のベレーム河口まで、六千マイルの三分の二にあたるマナウスまでを、四十五日間かけて下ったわけなんですがね」

 「ふ-ん、よくお前ら、河にはまって魚のエジキにならなかったなあ!」

 「あっと言う間に日が暮れ、あたりは真の闇夜にカラス。 目を凝らせば両岸のジャングルが黒っぽくうねうねと続き、それもたちまち闇に溶け込んじまって、もうこちとらは盲人の世界。 おまけに中古のカヌーは数時間で、バケツ二、三杯の水が浸入。 やたらに立てばバランスが崩れ引っ繰り返りそう。 カナズチのあっしは、こんな巨大な河のど真中にでも投げ出されたらと、緊張感はデッドラインすれすれ。
 と、突然 『ブハァー』 と動物の呼吸音が水面をこちらに近づいて来るではないか。 太古より棲息する半人半魚の怪獣しゃあねえのかと、闇夜も手伝い妄想が異常にふくらみ、正体不明の ブハァー が遠のいたと思ったら、蚊の大群の襲来。 手の甲など蚊で埋め尽くされてしまうすごさ。 

すり潰すと血がべっとり。 

 うわあ、こりゃあたまらねえと猛烈にオールを漕ぎ、蚊の大作をぐんぐん引き離したが、こちとらも全身汗まみれ、五分もするとたちまち追いつかれる。 ライトで見ると、カヌーのへりまでびっしりしがみついてやがんの」

「その蚊、マラリヤ背負ってなかったろうなあ?」

「さあ・・・ 三日三晩のカヌー生活じゃあ、さすがに陸が恋しくなり、ぽつんと岸に見付けた明かりを頼りに接岸上陸。 真夜中の密林を手探りで近づくと、たき火の主は何んやら密猟の原地民インデオ。 旧式のライフルを抱え蛮刀は腰だめ、えい構うもんかとそいつの横に寝袋を敷くと、あっしはもぐり込みたちまち高いびきでした。 そんなあっしを会長はいきなり引きずり出すと、うむも言わせずカヌーに押し込み、漕ぎ出しちまってから、馬鹿野郎、為、やつの顔見たか、ありゃあ完全に人殺しのつらだぜ!」

 ペルー領アマゾン流域で一番大きな町イキトスは、日本の軍艦も居たことがある。 

 「そこで会おうと、会長と別れた俺はさすがに疲れ、定期船に乗り替えちまった。 まだ六日は漕がなきゃあイキトスには着かねえのに、カヌーを盗まれたが元気なやつは今度は、三倍もあるでかいカヌーを仕入れその辺の子供に手伝わせ、屋根まで付けて漕ぎ出したまではよかったんだが、夜中に河に倒れ込んだ大木に衝突、一晩中水漬け、早朝近所の釣り師に助けられ、命からがらたどり着いたよ」

 「ここでコーヒー園を経営するマツフジさんとう日本人に出逢い、例の世界的冒険家植村直己さんが大声で歌をうたいながらイカダで下って行くのを見た話を聞いた。 確か文春だっけ、恐ろしい河嵐体験の事を記事にしてたんだが、俺たちもそいつにでっくわしたのよ。 

 イキトスを漕ぎ出して三時問もたった頃か、下流の水平線に現れた帯状の黒雲を見た。 そいつはすごい勢いで、それまで全くの青天を切り裂くように向かって来ると、冷んやりした風がビュービュー吹き出し、あっと言う間に河面は白波が立ち、強風と共に五メートルの大波になリカヌーに襲いかかりやがったんだ。 やばいぜ! 会長は機転をきかせ、裸でとび込み舵先にぶらさがり、自らイカリの役目をやり出したが、俺はと見るともう蛙みたいに荷物にしがみつくと、シーソーよろしく上下大ゆれの中で永遠に続くかと思われる地獄を味あわされていたが、実際は数分間だったに違いない。

 スコールが去り、放心状態の俺様の真横、手の届きそうな辺りから信し難い太さの虹が垂直に空高く伸び、すばらしく遠方に弧を描いて突き刺さっているじゃあないの。 例のブハァ-ブハァーが又近づいて来た。 なんだ、怪音の正体は、いるかの大群しゃあねえか」

 アマゾンや、 パンチくらって目から虹     為 

 地下足袋の為五郎。 

 本名、持丸重徳(もちまるしげのり)。  三十八歳。一九七六年、ジュウー・タイルマン・カンパニーを設立。 大理石、タイルを使い、特にハンドメイドのバスタブはソーホーロフトで人気の的。 現在従業員十名。 

 妻、東子(はるこ)。長女、リナ、九歳。 長男、五徳、五歳。 イーストビレッジに住む。


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