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-CONCEPT- OLD記事

人体融解・田園 2

若智大暉

 

 彼女は映像効果を狙っているので、どこで撮影するかも大事な要素でした。  檀家からけして使用しないようにきつく言われていた本堂の使用をその時は大胆にもしてしまいました。  彼女は素っ裸になり、仏さんの前で仏と同じ格好をして対峙したのです。  大きなおしり、たっぷりとした胸、モデルのような長い足。  実に絵になる女性でした。  大袈裟なことをいえば、それこそ若い時の女仏陀ではないかと思えるほど品性のある完成された美しい像、いや女体でした。

  しかし、問題が一つありました。  乳首が陥没していたのです。  これは自分の経験からして、出ていた方が美しいし、見ごたえがありました。  型取りをするうちに出てくると思った乳首は最後まで反応なし。  しかたなく、そのままの形が出来上がった時に、私は彼女に乳首を付け加えることを提案しました。  最初は拒否したもの、最終的には彼女はその意見をのみ、乳首のある像が完成しました。  しかし型取りの最中のもっとも大きな問題は当初から心配していたように彼女の忍耐力でした。  1時間半ほどして、とうとうその姿勢に耐えられなくなりました。  両手は両膝に、足はあぐらをかいていたのですが、とうとうギブアップ。  足がしびれたことと、トイレに行きたくなったのです。  彼女はゆっくり立ち上がると、顔と上半身は白いギプスを張り付けたまま、下半身は裸のままでトイレに駆け込んだのでした。  

 それでも型取りを無事に終え、きれいな石膏像が出来上がりました。  そこからさらにシリコンと石膏で第二の型をつくる作業は困難をきわめたものの、その時に限って何故かたくさんの人々が助けにきてくれて、奇蹟と思われるほど難関を次々に突破していきました。  実際何度諦めかけたことか。  人の集まる不思議さとその力が集結することの不思議さをこの時ほど感じたことはありません。 

 

  そして今度は食肉公社に血を取りに行きました。  豚が首を切られ宙づりにされ、ベルトコンベアーで運ばれる時に下にたらいを置き、血が滴り落ちるのを受け取るのです。  このシーンはタブーな面があり、僕自信も撮影をすること自体にためらいがあったのです。  あまり大胆なことをすれば、次回から血の採取を断られることだって考えられます。  しかし彼女はこれこそ撮らねばならねという意気込みで車に乗り込んできました。  いよいよ食肉公社の中に入ると、最初からここ (首を切る屠殺場所) は撮影しないようにという断りがありました。  彼女は首を縦に降り分かった様子。  僕もほっとしました。  これは働いている人のこともあり、かなりデリケートな問題でもあるからです。  私は必死になって一人分 (制作の都合で120リットル) の血を採取し始めました。 

 ところがいざ始まると、彼女は今言われた場所にどんどん入って行き、殺されるところをがんがん撮ってしまったのです。 

「あちゃー、、どうしよう、、、。 」

僕は言葉がありません。 他の人たちもあっけにとられて、 「えー、、」 と思っている間に彼女はしっかり撮ってしまいました。  最後にはもちろん公社の人が止めに入りましたが、編集するには十分だったでしょう。  しかしおとがめなし。  美しい外人だったせいでしょうか。  ぼくも一大事にならないことにほっとして大量の血を持ち帰ったのでした。  

 

 毎日徹夜の日々が続き、いよいよ明日には田んぼの中に置くという日に彼女と二人で隣の家に行きました。  田んぼの持ち主に交渉するためです。  70歳ほどのおじいさんは時々お寺に見学に来ており、顔は見知っています。 

「半畳分ほど貸して頂けませんか」

「いやー。  あんた達は キンを使うからなあ」

と渋い顔をしています。 (金色の絵の具が田んぼに流れるのはやはりよくないのか、、、。 ) とがっかりしつつ話をしていると、それがキン違いだったのです。  仕事中に 「金、金」 と言っていたのを聞いたこの老人は 「細菌」 の 「菌」 と間違えていたのです。 

「いや、あれは金色、ゴールドのことです」

と言ったら安心したのか、早速半畳分の稲を自ら刈ってくれたのです。  そして作品が完成し、設置が終わったのは、彼女が出発しなければならない2時間前でした。 この大きめの像が溶けるには少なくとも丸一日は必要です。  ドライヤー、湯、ガスバーナー、、あれやこれやを使いこのシーンはやらせをせざるをえませんでした。  しかし無事に撮影は終わり、大事なフィルムを抱えて彼女はタクシーに乗り込みました。  2ヶ月ほどしてオーストラリアで放送さえ大きな反響があったそうです。 


 それから数カ月後。  私は久しぶりに何気なく撮影現場に行ってみて驚きました。  すでに稲刈りが済んで、ぽつぽつと雑草が生えだしていましたが、その撮影した半畳分の場所だけは同じ雑草でも濃い緑色で、しかもきっちり半畳分だけがぎっしり生えていたのです。  血を吸った土がこれほど植物を成長させていたのです。  それをある時に檀家の一人に話すと、自分の田んぼでもある年に野良犬が死に、その場所だけには凄い稲が成長したと話していました。 


とにかくいろんなことがあり、作品以上に忘れられないのは周辺の事情でした。 

 

若智大暉

1986年より南仏エクスアンプロバンスにて創作活動を開始。  枯葉、煮干し、大便、血液、水等を素材に時間と生命に関するテーマを追求している。  90年よりパリを中心にヨーロッパ、アフリカ、中国、アメリカ、日本においても展覧会を開催。  96年キリンコンテンポラリーアワード96にて最優秀作品賞受賞。  受賞作  「融解座敷」 は2000年までに日本各地で111回開催。  2001年より、ニューヨークに活動拠点を移す。  2001年11月シンガポール、スカルプチャースクエアにて展覧会開催予定。

詳しくは  http://www.daikiwakachi.com  をご覧ください。

 

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